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執筆者の写真ゼミ 横山

後進とともに伝統芸能を前に進める【前編】

独立行政法人日本芸術文化振興会 国立劇場調査養成部養成課 谷口善信氏&三吉洋平氏 インタビュー

竹本葵太夫氏 稽古見学取材


中村萌乃・根間るる・藤田すみれ・張藝逸


独立行政法人日本芸術文化振興会(以下、振興会)は、我が国の伝統芸能及び現代舞台芸術の中核的拠点です。2022年5月13日、国立劇場において、振興会の職員の方々に、伝統芸能の研修事業について取材をさせていただきました。その際に、竹本葵太夫氏の指導による竹本研修を見学して、稽古の取材をすることもお許しいただきました。日本の伝統芸能を支えている方々にお目にかかる貴重な機会をいただき、わざの伝承をめぐる有意義なお話を沢山聞かせてもらいました。


(国立劇場養成課公式Twitterより)


ープロフィールー


谷口善信(下記写真左)

国立劇場養成課 専門員

国立劇場劇場課や、新国立劇場運営財団バレエ研修担当などを経て、現在は歌舞伎音楽竹本研修・鳴物研修を担当。


三吉洋平(下記写真右)

国立劇場養成課養成係 係長

国立文楽劇場事業課、新国立劇場運営財団営業課や振興会人事労務課などで経験を積んで、現在は歌舞伎俳優研修を担当。



竹本葵太夫

重要無形文化財「歌舞伎音楽竹本」保持者各個認定(人間国宝)

昭和35年に東京都大島町に生まれ、同54年に国立劇場伝統芸能伝承者養成「歌舞伎音楽(竹本)」研修第3期生となる。同年、二代目竹本葵太夫の名跡を許される。昭和62年、芸術選奨文部大臣新人賞。令和元年、重要無形文化財「歌舞伎音楽竹本」保持者各個認定。令和3年度、日本芸術院賞。竹本協会代表理事、義太夫協会理事、伝統歌舞伎保存会理事。国立劇場伝統芸能伝承者養成「歌舞伎音楽(竹本)」研修及び同「歌舞伎俳優」研修講師。


(国立劇場養成課公式Twitterより)



振興会のお仕事


──まずお二人のご経歴についてお伺いします。日本芸術文化振興会を志した理由を教えてください。また、それまでに伝統芸能に接点があったのかもお聞きできたら嬉しいです。


三吉:私はもともと芸術関係のお仕事に興味があって、ここを志望しました。クラシック音楽を聞くことや、美術館に行ったりすることがわりと好きな家庭で育ったので、そういう機会が多かったからです。ただ、伝統芸能との接点はあまりなかったですね。大学は法学部出身で、文化芸術とは関係がない勉強をしていました。学生のときに何度か歌舞伎を観た程度で、たまたま受かったというのが実際のところです。


谷口:私はオペラやバレエを観ることが好きだったので、劇場で働くことを就職先の一つの候補にしていました。なかでも日本芸術文化振興会は国立ですので、様々な知識と経験を得られるだろうと思い、志しました。伝統芸能との接点は、お芝居を見るのが好きだったことくらいです。国立劇場の職員というと、歌舞伎や文楽にプロ級の知識があるといった専門家が揃っているように思われるかもしれませんが、意外に「ここに来て初めて観ました」とか「なんとなく興味があって」という方は多いです。普通の会社と同じで、経理、総務、営業部門と多岐にわたる部署があります。全員が文化芸術の専門に特化しているわけではなくて、色々な方が集まっている団体なのかなと思っています。


──民間との違いをもう少しお聞かせ下さい。


谷口:民間ですと、たとえば歌舞伎でしたら松竹株式会社、劇場でいうと歌舞伎座や新橋演舞場、オペラでしたら藤原歌劇団、二期会オペラ振興会等、バレエにも様々なバレエ団があります。どの企業・団体もそれぞれ魅力的ですが、民間であればお客様の集客を視野に入れて運営をしていかなければならないので、スター制度が柱になります。その一方で、古典芸能には国としても守っていかなければならない作品や演出があるので、なかなか営利にはならないことも含めて、芸を継承していく必要があります。国立はそうした観点で事業の計画を立てて劇場を運営していくところが、特徴であり、魅力なのではないかなと思います。


──ありがとうございます。お仕事をされていて良かったなって思うことも教えていただけますか。


三吉:養成事業に関して言うと、研修修了者が頑張っている姿を見るのはすごく嬉しいですね。この事業の一番の目的は、将来伝統芸能を担おうという若者を集め、教育して、芸を習得してもらって、それぞれの舞台に出て活躍していただくということです。実際私は今年の3月に修了した研修生を歌舞伎の世界に送り出しました。その彼が4月に早速役をもらったんです。歌舞伎座に行って見てきたんですけど、「頑張ってるな、良かったな」という思いがこみ上げてきました。嬉しかったですね。


谷口:本当に、ここを卒業して初舞台を踏む、プロとしてのデビューを見届けることができることは、嬉しいことですよね。私の最初の担当は、劇場ロビーで、お客様をお迎えするという劇場課の仕事でした。そこではお芝居を見て楽しんでいらっしゃる、そういうお客様の喜びを肌で感じることができました。劇場はハレの日を演出するとても素敵な空間、他にない空間だなと思いますね。


──反対に、養成課で苦労されたことはありますか。


三吉:研修生の応募が少なくなっていることです。これは最近特に顕著ですね。研修生を募集する活動に力を入れているのですが、なかなか集まらない。非常に今苦労しているところです。


──それはコロナ禍の影響もあるのでしょうか。


三吉:そうですね、コロナ禍の影響も多少なりともあると思います。今は少し落ち着いていますが、コロナが流行し始めてすぐは歌舞伎も全劇場で公演中止になり、以前に比べたら舞台の数も減っています。ですから、そもそも若い方が応募する段階で、「ここを修了してもなかなか活躍する場が少ないのではないか」と心配して断念する方もいると思います。前から徐々に減ってきているので、コロナだけが原因ではないんですけれども。


谷口:コロナ対策はかなり神経を使いました。特に養成所は、若い研修生に国宝級の先生方が指導されるんですね。先生方は研修だけではなく舞台を控えています。研修指導後に歌舞伎公演に出演するというように合間を縫って教えに来てくださいます。もし研修生から先生方に感染してしまったら、もうその公演を中止にしなければならないということになりかねない。ですのでコロナ対策の飛沫防止パーテーションや、二方向換気、拭き掃除、手の消毒は今も念入りに行っています。



育成事業について


──谷口さんはバレエ研修も担当されていたということですが、西洋と日本の技術の伝承について、育成事業の観点から気づいた相違点はありますか。


谷口:バレエの場合は幼い頃から始めて、10代でスターになってしまうことも多くある世界です。新国立劇場のバレエ研修では、15歳からの方を対象にオーディションしますが、すでに独自に地元の教室で幼少期よりレッスンに励んできたスター級の方たちが集まってくるんですね。その中から、将来性のあるダンサーを選びます。


日本の芸能も元々そうだったかもしれません。家庭で小さい頃から三味線を弾いたり、日本舞踊を習うという習慣が、昔はありましたので。しかし現代においては、日本の芸事経験者は本当に少数派で、未経験でまっさらな状態で応募される方も多くいらっしゃいます。歌舞伎を観たことがないという方もいます。ですから、何の知識がなくても2、3年で仕上げてプロになれるように、古典芸能の先生方は合理的なメソッドを作り上げていらっしゃいます。


それから気構えにもどうしても違いが出ます。バレエの場合、研修以前にはすでに何年もレッスンを続けてくるなかで、自分が必ずバレエダンサーになるという強い覚悟を持っているので、すでに一人のアーティストとして接します。一方、伝統芸能の研修生に応募される方の多くは、本当にこの道に進んでいいのか、自分の適性を探るところから始まりますので、研修生一人一人の状況を見てケアする必要があります。


さらに練習方法も違いますね。バレエはみんなが一斉に集まってバーレッスンから始める。新人も先輩も一緒です。竹本や鳴物、長唄など日本の芸能は、基本的に先生と一対一で稽古をします。

三吉:日本舞踊の場合も、最初にみんな一斉に振りを教えることはしますが、その後には先生が個々に指摘します。研修生のひとりひとりの動きを全ておぼえている先生はすごいと思いますね。

──研修生になるための試験はどのような基準を設けていますか。また、最も重視している部分は何ですか。

三吉:募集要項にも書いていますが、作文と簡単な実技試験と面接という三点で決めることになっています。実技試験は、先ほど言ったように受験生はほとんど何もやったことのない方が多いので、誰でもできるような簡単なことをやらせてみます。コースにもよりますが…

谷口:大切なのは本人のやる気がどこまであるのかを知ることなので、面接が一番大事かなと思います。あまり修業のようなイメージで捉えてほしくないんですけど、それでもやはり根気強く続けてもらえなければ、たった数年間で基礎を習得するのは大変です。ひたむきに取り組める、そのような性格的な部分を重視しているのだと思います。この点の見極めは、審査するプロの先生方でも難しいようです。かなり迷いながら決めていらっしゃいますね。面接でしっかりと「この道に進む」という決意を見せてくれると、こちらも安心して指導できると先生方は思うようです。

──研修生にはどのような方が応募していらっしゃいますか。

谷口:経験は問いませんので、まったく知識もなく、なんとなく興味をもって応募する方もいらっしゃいます。一方で歌舞伎俳優や演奏者などの出演者に憧れて来る方もいらっしゃいます。人間国宝の竹本葵太夫先生にどうしても教えてもらいたくてここを訪ねてきたという研修生もいます。ほかには学校の授業の中で三味線などに触れていたり、地元の子供歌舞伎みたいな地芝居をやったり、あとはお祭りで太鼓に触れたりと、何かしらの伝統芸能に触れた経験がきっかけになって、将来もそれに携わりたいと思って研修生を志す方もいますね。本当に様々です。

──振興会HPの「先輩職員からのメッセージ」を拝見しました。研修生が壁にぶつかってしまうこともあるということですが、実際にはどのような事例がありますか。また、研修生をサポートする際、大切にされていることはありますか

谷口:研修生は中学・高校を卒業したばかりで親元から離れ、一人暮らしをはじめる方も多くいます。最初のうちは先生と一対一のお稽古をするときに、私達スタッフが一緒に研修室に入り、授業に立ち会います。先生の質問に対して、受け答えできないことがあったら、講師と研修生の橋渡し役になり、研修がスムーズに進められるよう注視します。後は、体調管理ですね。きちんと食事を取り、規則正しい生活をしているか、精神状態も落ち込んだりしていないか、折に触れて確認しています。

──実際に稽古場に入ることは多いですか?


谷口:場合によります。授業が終わったあとに、先生と私たちで「今日の授業はどうだった」と話すんですけど、先生が「ちょっと進歩が気になる」とか、「よくできている」とか、なにげなくおっしゃいます。そういう情報が入ったら、なるべく気をつけ、様子を窺うようにしています。今まで稽古中は密室のような状態で、中の様子がわからなかったのですが、最近はコロナ対策で換気のために研修室の扉を開けているので、中の様子がわかるようになったので安心です。

──寄席囃子の募集が45歳以下とほかに比べて異なる年齢制限となっていますが、それはなぜですか。

谷口:寄席囃子研修は現在は休止中ですが、全くゼロからスタートするのではなく、三味線を一通り弾ける方を募集しています。そのため、45歳まで年齢を引き上げています。

──研修プログラムの内容はどのように決めていますか。

三吉:養成事業は50年以上続いています。最初はいろいろ試行錯誤をしながら、「こういう科目をやった方がいいんじゃないか」とか、「これはいらないんじゃないか」とか、そういうご意見を色々伺いながら今の体制になりました。ですから授業の科目はほぼ出来上がっていると思っています。その科目のなかで、具体的に研修のプログラムをどうしていくかに関しては、各コースの主任(メインの講師)と相談しながら方針を決め、やっています。

──プログラムの改定はしているでしょうか。


谷口:研修生の習得状況に合わせてクラスの難易度を調整します。

──講師と研修生とは、どのような関係にありますか。通常の徒弟制とは違いますか。

三吉:学校の先生と生徒に近い感じがしますね。各コースとも多くの講師に指導していただき、それぞれの講師との関係がありますが、徒弟制度のように授業外も全生活をかけてつき合うということではありません。


谷口:ジャンルによっても違いますね。私は竹本と鳴物の担当をしています。竹本という世界というのは、皆さん割とフリーで活躍されているんです。ベテラン・若手を問わず、実力さえあれば仕事が増えます。ですからけっこうめいめい独立した感じがあります。一方で鳴物の世界は、実際の活動も社中と呼ばれる集団で活動するので、師弟関係にも徒弟制に近い印象があります。



伝統芸能の伝承について


──わざの伝承の方法についてもう少し深くお伺いします。分野によっても難易度の違いがあるのかなと思うのですが、職員の方からご覧になって、特に難しいと感じる分野はありますか。


谷口:それぞれの分野でそれぞれの難しさがあると思うんです。おそらくやっている本人は自分たちが一番難しいという意識はあると思うんですけどね。


三吉:やはり私たちの立場から「この分野が一番難しい」とは言えないかな。どの分野も大変だと思います。


谷口:ただ、三味線などの器楽の演奏は習得に時間がかかるだろうなと思います。オーケストラなどの西洋音楽であれば譜面を見ながら演奏しますが、三味線は何も見ないで演奏しなければならないので、おぼえ物というか暗記物の大変さがありますね。


──コロナ前後で稽古の仕方に変化はありましたか。


三吉:セリフを言ったり歌ったりなど、発声する授業が多いので、パーティションを各研修室に置いています。研修の時は、たとえば机と椅子の授業でしたら机を小さいパーテーションに立て、床に座る授業でしたら背の高いパーティションを立てて、飛沫防止対策をやっていましたね。


換気も重要ということで、窓を開けるなどして空気の流れを作るなどしてます。どうしても歌わなければならないときや、口の動きがどうしても見えなくてはいけない時はマスクを外しますが、2メートル以上離しています。


谷口:研修時間が少し短くなり、60分程度となりましたね。さらに途中に休憩を挟んで空気の入れ替えをして、また再開するという形になりました。


多くの研修では板の間に正座しなくてはいけないのですが、慣れないうちは正座で痺れた足の痛みで、先生のおっしゃっていることが耳に入らない、頭に入らないという感じですが、コロナの影響で休憩が入ることとなり、リセットして始められる利点ができました。


──マイナス面はどうでしょう?


谷口:指導のために先生方が直接身体に触れることができなくなりました。呼吸の仕方だとか姿勢だとかほんのちょっとしたことを直したいけれど、触れられないから「こうしなさい」と口で言わないといけない。どうしてもというときは「ちょっと触るからね」と言って、触ることもありますけれども、まだまだ難しいかなと思います。


それからコロナ禍の前後で違うことの一つに、これはびっくりすることかもしれませんけれど、お茶出しがありますね。おしぼりやお茶を生徒が入れて先生にお出しするという風習がこの世界にはあったんですね。それがなくなりました。私たち職員も先生がいらしたらちゃんとお茶とおしぼりを用意して出してたんですけれども、その作業がなくなりました。終わったあとはお茶碗は洗ってしまってみたいな作業もあるので、おそらく一般の会社の秘書業務をやっている方達も「やった!」と思っているかもしれませんね。今はもうペットボトルとペーパーナプキンをつけるだけで済むようになりました。


はたしてこれが良いのか悪いのか。私たちは全く問題ないんですけれど、おそらくこの伝統芸能の世界というのは、師匠にお茶を出す際にどういう風にお茶を出せばいいのか、どこの場所にどのくらいの熱さのお茶を出せばいいのか、そういうことも色々察して、「今日は熱いからこうかな」とか「今日は寒いからこうかな」とか考えた上でお茶を出したり、また先生がお話している合間にすっと出さなくちゃいけなかったり、色々お茶を出すという行為一つとっても気を使わなくちゃいけない。それは面倒くさいことなのかもしれないけれど、伝統芸能の中の楽屋での作法もそこで分かってくるので、そういう先生への気遣いという修行の一つが無くなってしまったわけです。ある意味で大きな変化なのかなと思いますね。



研修事業の意義


──伝統芸能を継承することは社会全体にとってどんな意味と役割があると思うのかという質問なんですが、とても大きなテーマになってしまい申し訳ないです。実際にお仕事をされていて、日本の社会全体に対して意義を感じた瞬間などあれば教えていただきたいです。


谷口:日本芸術文化振興会の役割は三つ大きいものがあります。一つ目は文化芸術活動への援助、二つ目は伝統芸能の公開・伝承者の養成・調査研究、三つ目は現代舞台芸術の公演・実演家等の研修・調査研究です。お配りした資料の2枚目のグラフのオレンジの部分が、ここの研修から巣立っていった方々の割合なんです。



まだまだ大丈夫ではあると思うのですが、養成事業がなければ今後伝統芸能を上演していくのが難しくなるのは確かだと思います。伝統芸能の伝承者の育成・研修には資金がかかるため、養成してプロとして送り出すという役割は民間には難しいです。伝統芸能を継承していくためには、若い人材を輩出していかなければなりません。ですから、伝統芸能を守り育てているというのが、私たちの一つ大きな社会貢献なのかなと思います。


──修了するにあたって、どれくらいの技術を身につけなければならないといった明確な卒業基準はあるのでしょうか。


谷口:卒業のための試験があるわけではありませんが、2年間又は3年間の研修を経て、研修修了発表会を行います。国立劇場の舞台に立ち、お客様の前で披露して、それをご覧になった先生方がプロになっても大丈夫という判断をします。ですので研修生はみんな発表会を目指して技芸の習得をします。これが卒業試験のようなものになりますね。



──お二人の経歴を拝見した際に、様々な課を回っていらっしゃるなと思いました。そうしたご経験をふまえて養成課をご覧になって、もっとこういうところを強化していきたいといった方針やお考えはありますか。


谷口:正直なところ私はもともとオペラやバレエの方になじみがあったので、伝統芸能の養成担当になった時は、研修の独特な雰囲気にカルチャーショックと言いますか、びっくりしたんです。「あ、こういう講師と研修生の関係なんだ」って。でも、この4月に入ったばかりの研修生を見ても、本当に歌舞伎が好きで、「昨日歌舞伎座の公演を観に行きました。すごかったです!鳥肌が立ちました!」と一生懸命にその舞台の感動を語ってくれる様子をみると、芸事って何でも一緒なんだなと思いました。まずやっぱり好きであること。現代の男の子たちも歌舞伎が好きでひたむきに取り組んでいこうという覚悟があることが伝わってきました。


芸事なんてなくなってもいいんじゃないかという意見もあるかもしれませんが、こういう若い方が打ち込める世界があることは、とても幸せなことだと思います。生活様式が変わってきて正座をすることが日常ではなくなっているなかで、一日に何時間も正座をしなければならない研修を受け、ひたむきに取り組んでいる若者が、こうして実際にいます。おそらく探せばまだまだ全国にそういう方がいるんだと思うんです。先ほど、応募数が減って募集しても難しいという話もしましたが、これからの展望としては、もう少し全国に広くネットワークをひろげていきたいです。たとえば太鼓演奏のグループや、地元のお祭りなどで活躍している若い方など、郷土芸能や古典芸能に興味を持っている方に、国立劇場には研修システムがあって、一般の方でも伝統芸能の道に進むことが出来るということを伝えていければと思います。


──当初カルチャーショックをうけたということなんですけれども、こうした特殊なお仕事の引き継ぎで、気をつけていらっしゃることはありますか。


谷口:教育部門なので日誌やマニュアルがあります。カリキュラムの組立て方や授業の進め方、お茶はここにおく、必要な教材はこの順番で並べる、といったことまで図解で残っていたりします。伝統芸能としてしきたりがきちんとあるということは、次の代にこうやって明確に伝えやすいということでもあるのだなとも思いますね。


──今後行ってみたい研修プログラムなどがあれば教えてください。


谷口:むしろ年齢の近い学生さんに聞いてみたいですね。たとえば、学校でこういった授業があったら、親しみを持てそうでいいな、なんて思うものってありますか?またゼミでは特に伝統芸能のことを勉強しているのでしょうか?


──私たちのゼミではいろんな分野の「わざの伝承」にフォーカスしていて、昨年度も現代のダンスやスポーツなんかと並んで、伝統芸能の方々に取材をしました。そうやって勉強してくるなかで、大学みたいな学校教育はオンライン授業でも知識をたくわえてそれをアウトプットしてというのが可能ですけれども、身体的なわざというのは、継承するにあたって、身体を触ったり比喩を使ったりする練習法ですとか、独特の師弟関係ですとか、色んな事象があるなと気づいたんですね。それでやはり日本の伝統芸能の稽古というのは、そのわざを継承するときに起こる様々な事象がより強く起こってるんじゃないかなと思って、今回養成課を取材させていただきました。


谷口:なるほどね。


──話を戻しまして(笑)、応募数が少ないとの話でしたが、ワークショップとかを開催することはありますか?


三吉:能楽はやってますね。歌舞伎でも若い人達に体験してもらえるようなワークショップを検討しようかという話は出てます。


谷口:国立劇場が2023年10月末から、建て替えのためクローズになるんです。その間どういう活動をしようかというときに、こちらから出向いて行って「伝統芸能とはこういうものですよ」といった魅力を全国へ発信していくといった計画はあります。上手く作用してもらえればいいなと思います。


一時的に劇場はなくなりますが、養成事業だけはなんとしても続けなければいけないということで、継続することが決まっています。おそらく国の方でも、人材育成事業がどれだけ大切なもので、時間がかかるもの、中断してはならないものだということは認識していると思います。引き継いでいくべき国家プロジェクトの一つなんだろうなと感じますね。どうしても教育は時間がかかるので、中断はできないんです。伝統を絶やさないとはこういうことなんだと思います。


──採用時には、あえてオールラウンドな知識を持った人に職員になってもらうのでしょうか。専門的な知識を持った人だと逆に職員になるのが難しいでしょうか?


三吉 入職後に研修がありますし、業務を通じて様々な知識を身につけられるようになっているので、採用時に知識が必要ということはないと思います。振興会の場合、若いうちは数年ごとに色々な業務を経験させて、その職員の適性を見ていくようにしています。


──自分で異動の希望は出せるんですか?


三吉:必ず希望が通るというわけではありませんが、年に一回そういう機会はあります。


──異動もありつつ、研修事業の現場の先生との信頼関係を築くのは難しそうですが、いかがですか?


三吉:長年にわたり先生方と養成課担当者の間に築いてきた信頼関係があります。それを大切にしつつ、新しく担当になった職員は先生方と一から関係を作っていかなければいけません。普段から研修のことなどいろいろな話をして、コミュニケーションを取ることを心がけています。



竹本葵太夫氏 お稽古取材&インタビューはこちら


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