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鷹は鏡

  • 執筆者の写真: ゼミ 横山
    ゼミ 横山
  • 7月15日
  • 読了時間: 36分

─諏訪流鷹匠・大塚紀子氏が語る伝統と継承─


桑原菜緒、矢鋪怜那、伊藤沙羅、吉川侑香里、竹内来羽、田所知沙子



日本に残るさまざまな伝統文化の中でも、1650年以上の歴史を誇る「鷹狩(たかがり)」。この文化を支えているのは、天皇家や将軍家などに仕えてタカを調教していた鷹匠(たかじょう)です。今回インタビューさせていただいたのは、将軍家に直参して450年の歴史を持つ諏訪流鷹匠の18代目宗家を継承されている大塚紀子さんです。インタビューでは、諏訪流放鷹術の特徴や鷹との向き合い方、鷹匠としての心得についてお話を伺いました。



大塚紀子さんプロフィール

(ご本人提供)



1971年、千葉県生まれ。早稲田大学人間科学部スポーツ科学科(現スポーツ科学部)在籍中、卒業論文「鷹狩と日本文化」をきっかけに鷹匠の世界に興味を持ち、1995年に大学を卒業後、諏訪流鷹匠(第17代宗家)田籠善次郎氏に弟子入り。ハヤブサなどの飼育を始め、放鷹術を学びました。2007年、女性として初めて鷹匠認定試験に合格。2015年、田籠氏より第18代宗家の地位を允許されました。現在は、諏訪流放鷹術保存会を主宰し、鷹匠を育成する鷹師として、国内外で日本の鷹狩文化の伝承活動を行っています。普段は青梅市御岳の事務所を中心に、門下生の育成や講習会を行っています。



鷹との生活


──大塚さんの鷹匠としての1日のスケジュールを教えてください。


5月から9月までは換羽期もしくは繁殖期なので、基本的には鷹を飛ばしたり訓練をしたりしないで休ませます。その期間は、伝統的な道具の復元だったり文化講演会だったり、鷹を使わないことをやっています。そして10月始めぐらいから訓練を始めます。1日の初めには鷹の餌になる鳩などの動物に餌をやり、それから鷹の訓練をします。1羽につき大体1、2時間くらい時間をとります。出歩いて訓練することもあります。そして、夜になったらまた翌日の準備をします。


最初は訓練を暗い時にやるんですけど、徐々に朝や昼の明るい時間へとずらしていくので、それによって多少スケジュールは変わります。鷹の訓練の時間を何時にするかによって、他のことを合わせていくようなイメージですね。


──訓練にはルーティンの様なものがあるのでしょうか。


そうですね。基本的に鷹の訓練というのは据えること、こぶしに乗せるということです。訓練というとすごく飛ばさなきゃいけないイメージがある方もいますけど、基本的には人間と鷹とのなじみをどれだけよくできるか、一体感を作ることで信頼関係を作っていけるかなので、そのためにはできるだけ据えなければいけません。


初心者の場合、いきなり乗せるということは難しいので、昔だったら水を張った湯呑を、今だったらペットボトルなどを鷹の代わりにして所作や型を練習してから、本当に鷹を据えられるようになります。据えに始まり据えに終わるじゃないですけど、この据えの上手い下手で訓練の進み具合が違ったりするので、一番意識するのはこの据えるということですね。据え方が上手くなると、鷹の居住まいも良くなってきます。


──人間の据えの技術と、鷹との心の通じ合いの両方が重要になってくるのですか。


なぜ据えることが大事かというと、鷹というのはかなり警戒心が強く神経質で、とても人間の感覚を気にする動物だからです。据えのイメージとしては、木の枝にとまっていると思っているぐらい快適に乗っていてもらうことです。信頼関係は餌をやる時が一番大切で、機嫌を悪くしないような餌のやり方があります。諏訪流では鷹を主人と思えとあるんです。要は人間の方が下ということですね。ですからいかに機嫌を悪くさせずに付き合っていくか。またそうすることで、こいつはあんまり危険な動物でないな、安全だなと鷹に思ってもらって徐々に信頼関係ができていくのかなと思います。


──今飼われている種類はなんですか?


今はオオタカ1羽とハリスホーク2羽、ハヤブサの仲間のチョウゲンボウというのを1羽飼っています。本当はハイタカやハヤブサなどの伝統的な種類を飼いたいんですけど、今はなかなか日本に入ってこないんです。国内法があって日本の鳥は使えないので、輸入に頼っています。ハヤブサって世界中ですごく人気があるんです。ブリーダーもヨーロッパ、アラブにもいっぱいいるんですけど、ほとんどアラブに持って行かれていて、余ったのも回ってこないくらい売れてしまっているんですね。この先ちょっとは入ってこられるようになる可能性があるんですが。


ハヤブサと鷹の訓練方法は全然違うので、そういう意味では2種類飼っていないといけないんです。やっぱりオオタカとハイタカ、ハヤブサは伝統的な種類なので。最近はモモアカノスリ、一般にハリスホークという、大抵の害鳥の駆除や鷹匠の仕事で使っている茶色っぽい鷹がいるんです。20世紀になってから南米で見つかって、鷹狩りに使えることが分かったというすごく賢い鷹で、学名ではノスリのようなタカという感じなんですけど、見た目は鷹なんです。このハリスホークというのが、鷹狩の世界を劇的に変えたかもしれないというくらい扱いやすい鳥ですね。ハリスホークは、訓練で扱いやすいので授業用と、あとイベント用ですね。今はどこでも体験を入れてくださいという感じなので。オオタカは人の手にはなかなか乗らないんですけど、ハリスホークだったら乗るので、ハリスホークで体験させるために使わざるを得ない。必要な鷹になってます。


──ハリスホークと一緒に訓練していく上で特別に気をつけていることや、昔と違うことはありますか。


訓練の難易度というのは、どれだけ警戒心があるかなんですね。ハリスホークの楽なところは驚くことが少ないことです。オオタカの場合、知らない場所に来たら、その場所に慣れるのに時間がかかります。ここはどこ?お前たちは誰だ?みたいな。いちいちびっくりしがちで、それに慣らしていかないといけないので結構時間がかかるし、基本的に性格は変わらないので、訓練する場所を選びます。ですが、ハリスホークであれば割と現代の生活に順応しやすいのかなと思います。


昔と変わらないところは扱い方ですが、難しいのは賢すぎるところです。その人がやってることの先が分かってしまう。二手三手先、次何をするのかが分かってしまうし、どちらかというと悪いことに勘が働いてしまうんでしょうね。餌というのは褒美でもあって、訓練の最後にそのプロセスの結果として餌をあげることになります。その、餌をくれたということだけを覚えているので、餌のあげ方が悪かったり、下手だったりすると恨むこともあるんですよね。その人をちょっと敵視したり、機嫌が悪くなったり、威嚇したりする。


鷹が若い時はまだいいんですけど、歳を取るとより恨みが溜まっていくので、扱いづらい鳥になってしまう場合もあります。餌をあげることは簡単ではあるんですけど、簡単だからとなめていると変な癖が出てくることもあるので、基本的な扱い方はやっぱり気をつけていますね。



諏訪流放鷹術について


──諏訪流の他の流派と比べた時の特色であったり、大切にしている教えがあれば教えていただきたいです。


今残っている流派は諏訪流かその後に生まれた吉田流、他に近年になって新しく作った人もいますが、古い流派というとその2つくらいです。諏訪流の方がより原始的というか、古かったので、野生の鷹を使っている時代も長くて、より鷹に神経を使っていました。だから主人と思えというのがあるのも、それぐらい仕えるという気持ちからですね。一時期、天皇や将軍にも仕えてるんですけど、鷹にも同じくらい仕える気持ちが大事だ、と。


あと、鷹は鏡だとよく言われます。鷹も十人十色でいろんな性格や個性があるので、訓練がうまくいかなかったりする場合もあるんです。その時にどうしても鷹のせいにしたくなる人もいます。でも訓練が出来上がった鷹というのは、やっぱり飼い主、訓練した据前(注)に似がちなんです。だからもし鷹が落ち着かないとしたら、訓練した人がそういう人なんだと形に現れているので、鷹を見て何か気になることがあったら自分を直せというような考え方がありますね。


(注)据前:鷹を調教する担当者。鷹は人を見分けるため、複数の人間が接すると警戒してしまう。このため、一人の担当者が一羽の調教を最初から最後まで行う。



そして最も大切にしているのは、人鷹一体という言葉です。人間と鷹の一体感、人と鷹が同じことを考えて呼吸を合わせて、狩りを成功させる。捕る捕らないという結果以上に、その瞬間を作り出せる感覚を得ることを目指して、技を磨くのが特徴だと思います。


──代々受け継がれてきた伝統文化だと思うのですが、家で継承していく人が多いのですか。


江戸時代までは家で続いてきたんですけど、近代になってからは師弟関係ですね。弟子が継いでいるという人が多いと思います。だけど今は鷹匠に限らず、猛禽類の愛好家とか、ペットカフェ・ペットショップとか、動物関係の仕事を家族でやる人などもいるので、そういう人たちが親子で楽しむ形も最近増えてきているかなと思います。それは流派を継いでいる感覚とは違うのかなと思います。



鷹匠への道


──大塚さんが鷹匠になろうと思ったきっかけを教えてください。


大学のスポーツ人類学のゼミで、卒業論文のテーマとして何か伝統的なスポーツを探していた時に、自分は動物が好きで、子供の時に犬や鳥と遊んでいたのを思い出しました。当時は何も考えないで遊んでいたんですけど、どうやって動物とコミュニケーションを取っていたんだろうと思って。人と動物が一緒にできるスポーツというテーマでいろいろ探していた時に、鷹匠の有名な先生であった田籠善次郎先生が東京にお住まいだったので、取材させてもらいに行きました。


訓練を見せてくれたのですが、鷹がものすごく美しかったんです。飛ぶ姿に感動したのと、自分も飛ばしてみたいという興味を持ちました。この方が師匠になるんですけど、師匠がこの鳥はこうで、この鳥は機嫌が悪くてとか説明してくれるんです。ですけど師匠が見えているものが全然私には見えなくて、分からなかったんです。人って同じものを見てるようで見えてないんだな、というのが面白くて。卒論自体は話を聞いたり資料を読んだりして出せたんですけど、卒業してから何かやり残した感じがして、就職してから弟子入りしました。


──仕事と鷹匠を両立していたのですか。


そうですね。最初は鷹を飼えるお金もなかったので、3年ぐらいは飼わないで、道具の使い方や訓練を週末に見せてもらうだけでした。就職氷河期でようやく見つかった仕事もあまり面白くなかったので、半年しないぐらいで辞めて派遣に変えて、なるべく鷹匠として時間を使う形で3年間やっていました。初めて鷹を飼う機会ができてから、さらに飼いやすい環境や仕事に転職していったという感じですね。



世界の鷹狩りと日本独自のわざの羽合せ


──鷹狩りは日本だけじゃなくて世界中で行われていますが、日本の鷹狩の文化に他の国には見られないような独特の特徴があったら教えていただきたいです。


鷹狩自体は北半球のほとんどの国にあったと思います。一時期130か国くらいありましたが、今はちょっと減って100くらいかも。その国の自然環境に合わせた狩りをします。今はサステナブルとかいいますけど、なんで4千年以上続いてきたかというと、その土地その土地の条件に合わせて文化的に変化してきたからだと思います。


例えば、モンゴルだったらイヌワシを使って、狐やオオカミなどの大きい獣をとることが一番自然な狩りの仕方です。羊や家畜を守る役目もあったと思います。欧米やアラブだったら、特権階級の人達が所有する広い場所を使ってハヤブサなどで狩りをするのが特徴ですね。


日本の場合は、食べるためではなくて、天皇や将軍のような為政者による文化的な遊びでもあるんです。狩り自体は平地でやるんですけど、日本は平地が少ないので、稲刈りの終わった田畑で出てくる雉や鶉(うずら)、鴨、昔だったら鶴や雁などを狙います。日本には藪や森林が多いので、獲物が飛び出してもすぐそういう所に飛び込んでしまうんです。そうなったらもう鷹は入っていけなくて狩りができないので、できるだけ近くに寄せてから「羽合せ(あわせ)」という、鷹を押し出すように投げる技を使います。


飛び立つ瞬間の初速というのは遅いので、そこに力を加えることで短距離で獲物を取れるように工夫したところがこの技の特徴だと思います。羽合せへのこだわりは日本独自だと言われていますね。


──初速が出るように人間の側から少し力を加えるということですか。


力を加えるということと、できるだけ近くまで寄せる、近付くということです。近付いて羽合せるという技術が日本独特な狩りの仕方です。


──それはやっぱり平地が少ないからこそ出てきた特徴になるのでしょうか。


そうですね。あと、殿様の目の前で飛ばしたということもあると思います。本当に野生の鷹であれば後をついていく狩りの仕方をします。でも、500m先に突っ込んだ獲物を追いかけて捕っても見えないんです。捕りましたよと言っても、殿様自身が見えないと面白くないので、できるだけ近くで捕ったところを見せる、という目的もあったと思います。


そのためになるべく空中で捕らせるという訓練もあります。どこで捕ってもいいんですけど、やっぱりなるべく近くで捕らせる。鷹匠にとって鷹の飼い主は殿様ですから、その人達の希望やニーズに合わせた訓練を工夫していたのかなとも思いますね。



女性と現代の鷹匠


──現在諏訪流の門下生の半数が女性ということですが、門下生に女性が多い理由はどう考えていらっしゃいますか。


私が弟子入りした頃は、女性の鷹匠は一人もいなかったんです。当時は鷹も飼えないような人がなんで鷹匠やっているの?といった感じでした。その頃は買う場所もなくて個人輸入をしてたんですけど、今はペットショップなどからも買いやすくなりました。団体によっては今でも男性ばかりのクラブもあるんですけど、女性が多いクラブもあるので、そういったように女性が入りやすい環境によると思います。



(ご本人提供・2022年の講習会の様子)



あとは今は自立した女性が増えているからだとも思います。ほとんどの女性が働いていますから、自分で稼いで、自分で鷹を飼って訓練するというようなことがしやすくなったように感じますね。


師匠は、女性は面倒を見たり世話したりすることが上手いからだと言ってましたね。鷹は簡単に言うことを聞く動物ではないけど、女性は面倒見が良くて、我慢強くすることができるからなのかなという気がします。何も飼ったことないのにいきなり鷹を飼う女性も結構いて、それは可愛いからというんです。鷹って可愛いのかなって感じですよね。そういう好みも変わってきたんですかね。


──メディアで見る機会も増えて、そういうことが影響しているのもあるのでしょうか。


それはあると思います。女性も仕事をしている人が増えて若い人も多い。間口が広くなった感じがしますよね。大変なんじゃないかというよりは割とやってみようという感じになりやすくなったかなというのと、あと鷹の違いもありますね。


普通、伝統的な鷹、いわゆるオオタカ・ハイタカ・ハヤブサなどというのは基本的に群れを作らないんです。一羽で生きて自分で狩りをして、繁殖期以外は基本一羽で生活しているのですごく神経質で、相棒はいらないんです。でもハリスホークというのはもともと群れで生活していて、親兄弟と一緒に狩りをします。そのためかあまり人間を怖がらないので、初心者にも非常に飼いやすくて、アパートやマンションで飼われている人が今は増えてます。一戸建てや小屋を建てるというと大変ですけど、敷居が低くなったということもあると思います。私も最初はアパートで飼っていました。



わざを受け継ぐ。


──田籠善次郎さんに師事されたということですが、どのような形で技能や技術を習得されたのでしょうか。


そうですね、昔の職人の世界なので、基本的には見て覚えるということですね。師匠がやってる通りに見て学びます。師匠は言葉よりは行動で見せてくれる方だったんですけど、意味が分からないことも多くて師匠に伝えたこともあります。それもあって、自分が今教える立場になって、もっと詳しく説明しようという意識はしているんです。結果的には、あんまり変わらないところもありますが。言葉はもちろん使うんですけど、話す以上に、技や行動で見せてくれることが多かった。技術であれば何度聞いても見せてくれるという感じでした。


要は、自分がどれだけ身に付けているかを実感しながら、これはこういうことですか、と訊く努力が大事だったんだなと、後から気づきました。勉強の習得の仕方についてすごく考えさせられました。優れた技術を見られたというのは幸運だったなと思います。


──今まで印象に残った師匠からの言葉や教えがあれば教えていただきたいです。


放鷹術というのは技と心です。何でもそうですが、文化には先達が工夫して、築いてきた身体知がある。技術だけじゃダメだし、知識だけでもダメ。田籠先生も師匠たちから教わってきたそうですが、能書き鷹匠になるから最初はあんまり本を読むなと言われてきました。今だったらネットや本、動画で見られますが、そうすると自分がやる前に大体知ってる気になっちゃうんです。こういうもんなんでしょ、みたいな。でも実際やってみると、まず自分の体がそのように動かないですし、色んな知識があることでかえって注意が散漫になってしまう。


最初は自分の鷹と真摯に向き合う。知識は知識で大事だけど、それは置いておいて鷹と接している時は鷹のことを考えろ、ということを言われましたね。師匠は頭の中の99%くらい鷹のことを考えて生きていた方だと思います。据える時間はただ立ってるだけで、眠くなったり、退屈になったりすることもあるんですけど、師匠に「今何を考えているんですか」と聞いたら、「今、鷹が何考えているか考えている」と言われたこともあって(笑)。


鷹を見るというのは、そこにいる鷹に目を合わせていてはいけないんです。鷹って目を合わせると狙われてるというふうに感じてすごく警戒するんです。見るということには、何かを狙っていたり餌があったりするというように理由があるんですよ。人間的には可愛いからじろじろ見たいんですけど、鷹からすれば何みてるんだよという感じ。鷹がこちらを見てない時に見たり、全体を見てるようなふりをしたり、見方にもコツがあって、そういうのを一緒に現場に出た時に教えてもらったのはありがたかったです。それはやっぱり実際の技術につながっていると思いますね。


師匠は基本的に褒めて伸ばす方だったので、誰が下手、何がダメとか言わないんです。自分が鏡になる自信がないとそれが鷹に伝わってしまうから、自分が鷹狩に成功したいと思ったら鷹に自分の心を伝えるんだよ、というように精神的なことでよく励ましてもらいました。海外の人でも鷹が飛ぶ時、自分のスピリットが一緒に乗ってるんだという方がいます。鷹を道具として使って捕らせるのではなく、自分の気持ちもそこに行くようにしないと捕れないと思います。


まだまだこの鷹は未熟だから取れないだろうなと思っている時点でもう捕れない。迷っているということは自分の訓練に自信がないということです。羽合せが遅れた時に失敗したなと考えると、そういう自分の心が鷹に伝わってしまいます。


師匠は、据えている限りは最後まで据え切るというように、責任を持って前向きにやり遂げるような、挑戦するような精神力の強さが当然ある方でしたので、それが一番印象に残っていますし、気をつけないといけないなと今でも気にかけていることですね。


──大塚さん自身が鷹との信頼関係を築く上で大切にされていることがあればお伺いしたいです。


師匠の偉大さを知っていたので、どうしても自分と比べてしまうということが継承してからしばらくありました。鷹と信頼関係を築くためには毎日の関わりが大事なので、毎日平常心で同じ態度で接することに気をつけています。


例えば女性だと、生理が重かったりすると、気持ちが落ち込んだり、下がったり、イライラしたりする人がいます。でもその気持ちも鷹には伝わってしまうので、もしそういう気持ちなら、本当だったら1日1時間据えなきゃいけないところでも、据えない方がましなんです。


自分が今ちょっといつもと違うな、落ち込んでいるな、自信がないな、気分の波があるなと思ったら、あえて据えない。もしくは決まった時間でやらなきゃいけないところを1時間ずらすなどした方が鷹にとってはいいんです。鷹に接する前に自分と向き合う。それも自分の経験上学んだことです。そして鷹によって性格が違うので、それに合わせて時間をかけたり、どれだけその一羽に合わせてあげられるかを気をつけています。


──鷹の能力が高まる時期には、鷹匠自身の感覚も研ぎ澄まされていくとご著書にありましたが、大塚さんご自身にとっては具体的にどのような感覚なのでしょうか。


研ぎ澄まされるというのは鷹の体調が仕上がってきて集中力が増している、いつでも狩りに行けるぞという精神状態のことです。そうすると当然それに自分を合わせていないといけないので、できるだけ集中して自然の中に自分も入っていくということですね。


人鷹一体というのは、鷹が考えていることを人間も考えるということ。鷹が見てる方向を鷹に合わせて人間が見ていると、徐々に人間の見る方向を鷹も見ているというように行動が合っていくところがあります。鷹も気づいてくれて、お前何を探してるんだ?というように、お互いに同じ方向に目的を持って集中していくという形になっていくので、感覚が自分も一緒に研ぎ澄まされる感じになりますね。音や風向き、匂いなど周りの感覚にすごく敏感になっていく感じがします。


昔の人、先々代の花見薫先生は暗闇で針1本落ちているのに気がつくくらい自分の感覚が冴えると仰った。獲物なんて隠れていて見えないわけで、でも気配や音を探ってその方角を見るという、一緒に高まっていくような独特の瞬間というか、とても一日中はそうはできないけど、狩場にいる2、3時間の間は集中して同じことを考えられるようになります。


──スポーツ選手がゾーンに入ることと似ているのかなと思ったのですが、そういう感覚と近いのでしょうか。


そうかもしれないですね。例えば、歩いて飛ばしたりして、餌をやって帰る…というのをしているうちに鷹の状態が仕上がってくるのが分かるんです。


鷹匠はトレーナー、鷹はアスリートのようなもので、体の作り方が必要。体脂肪を下げていって、脂身のない赤身の肉を食べながら筋トレしていくような感じです。体のコンディションを整えていって、狩りに行く日にベストコンディションにしたいので体重や運動量を考える。例えば来週の土曜日に狩りに行きたかったら、その日までに作っていこうとします。


ベストな状態を作るには、最低2週間くらい必要ですかね。鷹が冴えてくるというかゾーンに入ってくるようになると、つられて自分も入ってくるような感覚になるんです。自分も鷹につられていくような感覚になっていくのが多分良い状態なんじゃないかなと思います。


──調教のいくつかの過程や鷹狩の際に複数人の鷹匠が参加するということをご著書に書かれていますが、そうすると師匠以外の鷹匠の方から指導を受けたり、考えに触れたりすることも多いかと思います。その場合、師匠の教えと違う価値観に触れることもありましたか。


職人の世界なので、調教が終わってから食事に行くことがあっても、具体的にお互いの鷹の話はしないんですよ。じゃないと相手の技術を試すような感じになってしまう。暗黙の了解じゃないんですけど、普通は狩りをしてる時にその話はしません。大体ただ黙って見ていて、別れてから親しい仲間や師匠と「あの人のやり方はああだったよね」といったことを言い合ったり違いを話したりすることはあります。


ただ、海外の狩りに行くと比較的、教えてくれたりしますね。同じ国の人同士だと教えるのが難しいみたいなんですよ。たとえばイギリス人同士だと仲が悪かったりするんですけど、よそ者だったら話してくれるところはありますね。こういうやり方もあるよって。違いだったり、あとやっぱり同じような感覚があったり。海外でも鷹匠の人は同じなんだなと思ったり、あるいは違うところがあったら何で、何のためにこれをやってるのか聞くようにしています。


考えを聞くというのはある意味鷹以上に気を使いますね。職人同士、同業者なので、出来上がった鷹を見るだけで、その人のレベルやこだわりが、ある程度は言わなくても分かるんです。その中で聞こうと思ったらよほど気を遣わなきゃいけない。「なんで?」というのは聞きづらいですよね。「これってこうなりますよね?」みたいに、何か傷つけないような言い方をします。これは日本に限らないです。どちらかというと、皆さん人間より鷹にハマりすぎて動物寄りになっていて、人間に対しては人見知りな人がいっぱいいるので、違うコミュニケーションが必要ですね。


──わざの伝承というのは、師匠から全て受け継ぐのでしょうか。


そうですね、わざの伝承って理想としては、その人が先代の持っていた技術を100%自分が受け継げたら……というのは思うんですけど、実際には不可能なんですね。結局その人の身に着けた身体技法や能力が違うので。やっぱり天才的に上手い名人の技を真似ようとしたって同じにはなれないんです。わざの伝承の一つは、どういう技があったかということをちゃんと把握することです。


あとは心ですね。伝統的な考え方も、技と心を伝え残すという意識でやっています。それは変わらないんですけれども、やっぱりそれだけでは十分ではないですね。例えば、師匠から受け継いだ技が80%くらいだとしたら、残りの20%は私自身が体得したものや経験を足して、今の時代の100%を作る。でも次の人はまた全部は私から受け継げない。その繰り返しなんだろうなと思いますね。だからこそ、残ってきている。


伝統文化というのは、その時代のままでは生き残れないんです。見ていないので、江戸時代のことは分からない。江戸時代のままの生活スタイルではできないですよね。基本的な所作や型というのは伝承していますけど、どうしても足腰の強さとか、ずっと正座してきた人と椅子に座ってきた人では違いますし。体幹っていっても、基本的な姿勢や体幹というのは教えられますけど、身に付けられるかどうかはその人それぞれだし、時代によって変わっていかざるを得ない部分もあるのかなと思いますね。ちょっとずつ変化、変容してるからこそ生き残れているという所はあるかなと思います。


自分の役割、継承者としての役割というのは、何を取り入れて何を入れないかということ。今の諏訪流の中にそのまま真似して取り入れるだけでは駄目なんですよ。それでは崩れてしまうんです。「伝統的な流派とかめんどくさい」と考えて、普通にクラブで狩りをしたりする人というのは逆に言えば自由なんですよね。ちょっと羨ましくもありますけど。


イギリスだったりアメリカだったりアラブだったり、動画を見て「あ、これかっこいいから真似しよう」ってそのまま真似たり、道具も取り入れたりできちゃう。それを私がやったら「それが諏訪流なんですか?」って言われてしまうのでできないんです。そういう取捨選択の判断が自分の責任でもあると思うんですよ。新しい影響もあるんですけど、変わらない部分というのも残さなきゃいけないので、それは気をつけています。


──変わらない部分というのは、ご自身のご経験や、師匠からの教えの中にも、ここが軸になるから変えない方がいいというような教えを受けたことはあるんでしょうか。


変わらないほうがいいという言われ方は多分してないと思います。むしろ師匠の方が新しいものが大好きでしたので。時代的にビザを取れない時期には日本で仕事してましたけど、海外で仕事したがるくらいの方でしたからね。知らないことはどんどんやってみたいというような感じで、試しに取り入れてみるんですけど、やっぱり感覚に優れた方だったのであんまり言葉にしないんです。やってみた上で、ここは我々にとって役に立つとかいらないかなというのを無意識に選んで、工夫されたんだと思います。


自分はその後を追いながら整理していくという感じでした。結果的にその行動で示しているところの部分や据え方だったり、鷹を傷つけないような美しい所作であったり、一連の訓練というのはそれだけじゃなくて、いろんな動きがありますから、所作にしても、出来上がった鷹の良さにしても、ベテランになるほど美しくなるんですよね。


鷹に心を合わせるような考え方は日本独特なものだと思いますから、残っていくんじゃないかなと思いますね。教え方に関しては、角度はどうとかは言うんですよ。90度だったり60度だったり、歩き方とか。そういうことは特に海外で聞いたことはないんですよ。乗っていればいいや、ぐらいな人たちも多いので。所作の美しさや型を意識するのは凄く日本人的な考え方です。


あとは道具ですね。日本人は道具にいちいち名前をつけて細かく分類していくんですよね。ヨーロッパであれば5、6個の道具があればできることを日本では20個くらい使う。訓練の段階によって餌入れも変えたり。夜はこれ、昼はこれ、鷹の状態が完成したらこれ。みたいに。一つ一つの道具にこだわっていくというのは日本人の好きなところで、道具にお金をかけたり、道具を大事にすることで鷹も大事にする精神性があるかなと思いますね。そういう、諏訪流に限らないでしょうけど、日本人が大事にしているような感覚というのは今も残っているんじゃないかなと思います。


──大塚さんご自身もそういうところをすごく大事にしながら門下生の方たちに教えたり、ご自身で実践されたりしているということですか。


そうですね。やっぱり今は流派に限らない愛好家もいますし、テレビで見るような人たちで一番多いのが害鳥駆除やバードトレーナー。そういう人たちは必ずしも美しい所作をそんなに意識されてなくて、別に仕事できればいいじゃないかって言ってしまえばそれまでかもしれないんですけど、やはり流派が持ってる歩き方や据え方というのは日本人が美しいと思ってきた動きだと思うので、残していきたいと思いますね。


それは女性でも男性でも上手い人は自然と美しくなっていくということを、普段から門下生に指導する時に教えるようにしています。ただ大体の人は、客観的に自分がどんな動きをしているか、左と右で違う動きをしているということを普段意識していないので、鷹を通して結果的に自分の体力や姿勢に気がついて、教わることの方が多い気がします。


やっぱり、舗装されていない道を歩いたことがない人もいますからね。休耕田はでこぼこしている上に、足がズボって泥に入って抜けなくなってしまうこともありますし、ゴム長靴で歩くのも、いわゆる体得する、身体が覚えるのに、時間・慣れが必要なんですよね。私たちは基本、鷹匠としての装束を着ていますけど、洋服と同じように動くとか、長靴を履いて走るとか、その状態に慣れていくと動きやすくなっていきます。ですから私は逆に、ハイヒールが上手く履けないですね。きれいに履いて歩くには、やっぱりそのための体重移動や体幹など、必要な筋肉と動きがあるはずなんですよね。


そのように、自分の動きを意識する、普段と違う環境で動くということをやったことがない子供たちに体験してもらうことが今新たな勉強になっているところですね。時には転んだだけで骨折したりすることもあります。骨折はすでに2、3人くらいいて、オフの間に筋トレするようにって門下生たちに言うんですよ。低下している体力をちゃんと回復させることとか、鷹匠に直接は関係ないんですけど、基本的に必要なことなので。これが今の時代なのかなとも思うんですけど、必要なことは取り入れて欲しいと言ってるということですね。



鷹は鏡


──先ほどのお話でもありましたが、「鷹は鏡」という言葉があると思います。鷹がご自身の心を特に映すと感じる場面はどんな時ですか。


私自身を映していると感じる時、ですか?


──先ほどおっしゃっていた、イライラが伝わってしまうとか……。


そうですね、あまり私はイライラはしなくて、それは良かったと思うんです。でも、自己評価が低くて、「あー、まだまだだな」と思ってしまいがちなんですよね。「もっと良くできたのに」とか「今のはもっと上手くできたな」とか普段から考えがちなんです。鷹の訓練中はそういうことを考えちゃいけないんですけど、考えてしまう時があって。結果としてそういう時は、良い時も悪い時も、鷹を飛ばした後や連れて帰ってきた時に、鷹の態度が自分と同じ感覚、「鏡」に感じる時はありますね。


訓練中に飛ばすことに関して言えば、迷いが人間の中にあれば、鷹の中にも同じように迷いがあるんですよ。今の鷹は人工繁殖が多くて野生を知らないので。若いうちだと野生の鷹からいじめられたり、外でどこにとまっていいか分からなかったり。この木にとまってというふうに投げてもその木のどこにとまったらいいのか分からないんですよね。そういう場合、たいていの何にも知らない鷹というのは木のてっぺんや葉っぱの上にとまろうとします。そんなところには当然とまれないので、ずるずる落ちてくる。あと、細すぎる枝にとまって枝が折れることもあります。


そういうところを見ていると、鷹も迷っているというか、何にも知らないんだなみたいに思いますけど、それを繰り返してだんだん上手くなっていくんです。一日で上手くはならないので、今日の練習はどこで終わりにしようか、今日は5回飛ばそうか6回飛ばそうか、みたいに私が悩んだり考えたりした時はあんまり鷹の反応が良くなかったりするので、そうすると自分の判断が間違ったなと感じます。訓練中はお互い迷ってるなと思いますね。


反対に、仕上がった時には、鷹はもっと外に連れていけという感じでやる気になっています。狩りの結果はともかく、ドヤ顔になっていく感じ。「自分がやった、自分がやった」みたいな感じで、獲れても獲れなくても自信がついて、ちょっと顔が変わってくる。そうすると鷹だけでなく自分も上手くなった気分になるというか、良い気分で帰れるんですよね。


鷹は外だと神経を張り巡らせているのでピリピリしているんですけど、帰って水浴びをするか霧吹きをかけられるとリラックスして、ぼわーっとした顔になる。そういうところを見るとじゃあもう自分もリラックスしよう、みたいに鷹に合わせて良い気分になれるんですよね。鷹の状態が悪いと自分も落ち込むし、鷹が良くなっていくと自分もレベルが上がったように感じるので、鷹に振り回されてると言いますか、影響されているところはあるかもしれないですね。



鷹狩の今後について


──今後どのような形で諏訪流放鷹術を継承していきたいですか。


例えばどういうふうに教えていくか、伝えていくかなどの継承方法というのは結局、工夫が必要だと思うのでこの先変わっていくことはあるかもしれないんですけど、形に関しては今の師弟制度ですね、後継者を作るための授業を維持していくこと。


あと今は都内から通っている人が多くて、あまり据えたり飛ばす場所がないことが課題なので、それに関する目標としては、一年中鷹を連れて歩ける鷹場というものはやっぱり用意したいですし、里山を作らないと残していけないかなと思います。結論としては、授業と環境づくりと、あと道具の復元・保存ですね、この3つを進めていきたいなと思います。


──2022年に鷹などが相次いで亡くなってしまったと新聞記事で拝見したのですが、その時にクラウドファンディングをされたということで、そのような決断をした際に意識されていたことがあればお聞きしたいです。


そうですね、2020、21年はコロナ禍で仕事があまりなかった時代で、21年に田籠先生も亡くなられてしまって。それでもとりあえず鷹を維持しておけば鷹狩文化を残せると思っていたんです。頑張らなきゃなという思いがあったんですけど、22年に鷹が次々テンに食べられてしまって…。何日かおきに殺されていくのを防げなくて、鷹部屋もですし、家の中にもテンが入ってきて家の中でも鷹が殺されて、かなりショックだったので、鷹匠をやめろということかなというふうに思ったこともあったんです。


でも、その時たまたま取材に来た地元の新聞社の人が、クラウドファンディングをやった方が良いですよって言ってくれまして。生徒たちにも相談して、「それはちょっと情けないんじゃないか」「恥を晒すんじゃないか」という意見もあって、賛否両論という感じだったんです。でも鷹狩文化を続けられなかったら意味がないので。


それに私にとっては、今飼っている鷹は私の鷹というよりは、学校の授業で使う鷹なんですね。今授業に来ている人たちのほとんどは一度も鷹を飼ったことがない。練習して上手くなってから飼いたいという人たちなので、私が訓練している鷹で練習をします。結局もうそういう、練習のための鷹がいないと授業が成り立たないんです。


勉強ができないと、次の継承者の育成もできないので。次の継承者を育ててバトンを渡すというのは、私が生きている唯一の役割かなと思っていますから。今死んだらあっちに行っても先生に口聞いてもらえないだろうな、やっぱり形を残していかないとなという思いでした。


ですのでクラウドファンディングの決断をした時は自分の中ではかなり勇気を出したかなと思いますね。まず授業を再開できれば、自然とまた存続できるような形に開かれていくんじゃないかということを意識していたと思います。おかげさまで、その当時から今は4羽まで回復してきたので、細々とですけど授業は再開できましたから、将来への希望はあるかなという感じですね。


──今後さらに他の国や地域の鷹狩文化との交流が行われていくことで、日本の鷹狩文化が変容していくことはあると思われますか。


そうですね、今年もアブダビに行く機会がありましたし、昨年から日本とUAEの鷹狩の文化交流プログラムのようなものができて、若い子達の交流も始めています。アブダビにはもう20年以上行っているんですが、やっぱりあちらの子供たちもすごく近代化してしまいましたね。おじいさん、お父さんの代だと電気もなければテレビもない時代だったのが、もう生まれた時からエアコンがガンガン効いた部屋でゲームやってて、世代の差ができてしまっていて。


親が子供たちを砂漠に連れて行かないと行かなくなってしまっているらしいんですよ。ケータイの通じないところに行きたくないみたいな。砂漠といっても、街の中は土漠なんですね、土っぽいんですよ。本当のサラサラの砂って奥に行かないとなくて、そこまで行くの大変だし、暑いし、しんどいしという感じになりますよね。


なので、そういう状況に対する危機感もあって、あちらでもスクールを作って子供たちをテントで生活させたり、寝泊まりする経験をさせたりして、昔の暮らしや伝統文化を勉強するんですよね。当然、家に帰れば近代的な生活に戻りますが。このように、彼らの生き方もすごく変わっていて、ベテランの鷹匠の人とのジレンマのようなものがあるんですよね。


一方で、鷹狩自体のやり方や鷹と人間の関係性はすごく原始的なものですから変わらないと思うんです。向こうの人も鷹を家族より大事だと言うぐらい大事にしてますし、そういうふうに、動物が好きな人は人と動物の関係を大事にするということや、狩の仕方の根本的なものは変わらないですけど、社会や環境が変わっていくことで、鷹狩をやっていない人たちからの評価や見られ方というのは変容していく可能性はあるのかなと思います。


たとえば歌舞伎が日本の伝統文化だということは分かっているじゃないですか。そういう伝統的なわざとか、しきたりとかすごいなと思うけど、自分の生活と繋がっている感はないですよね。昔だったらそのような感覚はあったかもしれないですけど、今はそれをやらない人からしたら、へー、伝統文化なんだー、みたいな感覚なんですよね。なので、鷹をやったことがない人との距離感がもしかすると開いてきちゃうかもしれないな、それがどうなっていくのかなという心配はありますね。


──環境が変わると外部からの評価が変わるかもしれないというお話があったと思いますが、外国からの評価によって日本の鷹狩文化の位置が日本の中で変わるようなことはあると思われますか。


海外で評価されることで日本人が日本の文化を評価するというのは割とよくあることなので、それはあり得るんじゃないかなと思いますね。自分もそうなんですけど。私が鷹匠になろうと最初に思ったのはアブダビに行った時です。師匠に弟子入りはしましたけど、鷹匠というのは歴史的には役職名なので、当初はちゃんとそういう文化を背負える人じゃないとなっちゃいけないんだと思ってたんです。ただ鷹を飛ばしたいなぐらいの軽い気持ちでやっている自分は鷹匠とは言えないなと。


でもやっぱり、師匠がアブダビに招待されてついて行った時に、鷹匠のことを英語では「falconer(ファルコナー)」というんですけど、アブダビの人から「Are you falconer?」って言われた時に、「Yes」とは言えなかったんですね。それは嘘になるなと思って、だから装束も着なかったんですよ。ただの着物で。その時に日本にも鷹匠がいるのかとすごく聞かれましたし、鷹狩って俺らの文化でしょといったことをいう人も結構いたんです。


そういうことがあって、いや日本にもちゃんと1600年以上歴史があるんですよということはやっぱり説明していかないといけないと思ったし、そのためには自分はちゃんと鷹匠にならなければダメだと思って、師匠に「鷹匠になります、試験受けます」って言いました。それで認定試験を受けて、鷹匠になったことが今に繋がってるんですよね。


そのこともあって、鷹狩文化について分かりやすく伝えようとより思うんです。私は拙い英語くらいしか話せませんが、それでも20年以上伝え続けていると多少分かってくれる人たちも出てくるので、日本に行ってみたいという人たちも結構増えてきました。そういう人たちが気軽に来られるような場所さえ作ることができれば交流もより広がると思うんです。そうすると、日本の鷹狩が評価されているということを日本人も分かるようになるので、鷹狩をやってみたいと思ってもらえたり、鷹匠のイメージが変わったりする可能性はあるかなという期待感はありますね。



(筆者撮影・インタビューの様子)



編集後記


伊藤

「伝統文化は、その時代のままでは生き残れない。変容しているからこそ生き残れている」とお話しされていたのが特に印象的でした。クラウドファンディングなどにも積極的に取り組み、時代に合わせて変容し続けている諏訪流だからこそ、何世紀にも渡って第一線で活躍し続けられているのだと、今回のインタビューを通して実感しました。この度は、鷹匠について是非お話を伺いたいという突然のお願いを快く引き受けてくださりありがとうございました。


田所

鷹狩に使われる鷹でも最初から完璧に狩りができるわけではなく、人間との二人三脚で成長していくということが興味深かったです。特に、気持ちの面で鷹と相互に影響を与え合っている実感があるとお聞きしたこと、また、数々の過程を経て仕上がった鷹も、獲物を捕らえた時には得意になったり、帰ったら気を緩めたりするなど人間と共感する部分があることを学んで、鷹狩は決して鷹と人間のどちらかの都合で完結する文化ではないのだと感じました。


竹内

全く知識のなかった放鷹術の文化について深く知ることができただけでなく、鷹匠としてのお仕事だったり、伝統ある文化として継承されてきた過程や心意気をお聞きすることができて、とても貴重な経験となりました。個人的には大塚さん自身が継承者として、生徒の方に指導される中で意識されていることなどが聞けて、自分も今子供達にダンスを教えているので、精神面や伝え方など指導者としてとても勉強になることが多かったです。放鷹術についてとても興味深くなったインタビューだったので、実際に足を運んで見たいと思いました。貴重な時間をありがとうございました。


矢鋪

これまで触れたことのなかった放鷹術についてお話を伺うことができました。伝統文化として継承していく上での意識や乗り越えてきたことなど、大変興味深く拝聴しました。何より、私たちの拙い質問にも丁寧にお言葉を選んで話してくださる大塚さんのお姿は、常日頃から鷹と真摯に向き合い、心を通わせることを大切にされていることが伝わってきました。是非、放鷹術を自分の目で見てみたいと思います。お忙しい中で貴重な機会をいただけましたこと、本当にありがとうございました。


桑原

今回はお忙しい中、インタビューのお時間をいただき、本当にありがとうございました。鷹匠という存在は以前から名前は存じておりましたが、詳しく知る機会はこれまであまりありませんでした。そのため、今回直接お話を伺うことができ、大変貴重な経験となりました。今回学ばせていただいたことを、今後の活動や学びに活かしてまいります。改めまして、この度は本当にありがとうございました。

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