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河越流鏑馬

  • 執筆者の写真: ゼミ 横山
    ゼミ 横山
  • 2月12日
  • 読了時間: 8分

更新日:2月26日

観覧レポート、倭式騎馬會会長インタビュー


田所知沙子



はじめに


埼玉県川越市にある国指定史跡河越館跡では、その活用事業として毎年11月に河越流鏑馬が行われています。私は今回、第12回目となる河越流鏑馬を観覧してきました。また、河越流鏑馬の流鏑馬行事を担っている倭式騎馬會の森顯会長に流鏑馬の魅力や活動への思いについてお話を伺いました。



概要


イベント名:第12回 河越流鏑馬

日時:2025年11月8日(土)12:00~14:30(流鏑馬行事は13:30~14:30)

場所:国指定史跡河越館跡



観覧レポート


─天地人三才之儀


音が鳴る矢である蟇目鏑矢を空に向かって放ち、その音によって邪気を祓い場を清めるという儀式が行われました。


─追分(馬喰さん)


鯨井地区に伝承されている手踊りである万作が鯨井万作保存会によって披露されました。太鼓や笛、鉦などの伴奏と歌詞に合わせて踊っていました。この後に、獅子頭を掲げて馬場の横を駆け抜ける儀式も行われました。


─扇舞清めノ儀


巫女が白い馬と黒い馬に乗って馬場を往復し、清める儀式です。今回は白星と磨墨がこの役目を担っていました。会場アナウンスによれば、白馬と黒馬で陰陽を表現しているそうです。

その後、流鏑馬を行う四頭で歩いて馬場を往復し、またもう一度馬場を通ったのですが、今度は全速力で駆け抜けていきました。


─流鏑馬開始


合計四人の射手が一ノ的・二ノ的・三ノ的を狙います。一之馬が磨墨、二之馬が権太黒、三之馬が三日月、四之馬が白星となっていました。一之馬から順に流鏑馬を始め、四之馬まで終わったらもう一度全員で馬場本に戻り2回目が行われて流鏑馬は終了となりました。


─見ての感想


私はニノ的と三ノ的の間、三ノ的の少し手前で観覧していました。一ノ的とニノ的は位置が遠かったことと角度の関係で全く見えませんでしたが、それにも関わらず馬が駆けるドドドッドドドッという低く地面を伝うような音は、射手と馬がニノ的に到達する前からしっかり聞こえてきました。馬の姿は見えていないのに馬の重量や速さが伝わってくるため、かえってかなりの迫力があります。


また、矢が的中した時は、的が割れる乾いた音が広場全体に響き渡り、胸がすくような気分になりました。固唾を呑んで見ていた観客も一斉に歓声をあげており、まさに会場が一体となっていました。的と的の距離はかなりあったのですが、馬が全速力で駆け抜けると一瞬で通過されてしまっていたので、そういうところからも馬の速さが分かります。さらに、目の前を馬が駆けている時には足音だけでなく、馬が地面を蹴る振動が全身に伝わってきて、馬の重さと力強さを感じました。


弓に関しては、的と的の間で素早く矢を番え、ある程度余裕を持って引き分けられた時に当っていたように思います。全力で駆ける馬の上で、全身を揺られながら矢を番えて引き分ける作業はかなり難しそうで、的中だけでは測れない技術や鍛錬があることを感じました。



流鏑馬の一場面、三ノ的を狙う射手と疾走する三日月(著者撮影、画像の一部を加工しています)
流鏑馬の一場面、三ノ的を狙う射手と疾走する三日月(著者撮影、画像の一部を加工しています)

森顯会長インタビュー


──流鏑馬の魅力についてお伺いしたく存じます。


私は武道をやっていますが、武道というのは人間対人間、つまり人と戦うということではなくて、自然の力でみんなが生活することだと思っています。人間も、動物も。その中で流鏑馬というのはなにか神力があるんだよね。その神力を感じるわけです。というのは、人間ではコントロールできないものが見える。馬上で。それを馬とシェアして、半分半分じゃないけども、そういう世界を感じたいな、感じてもらいたいなと思って流鏑馬をやってます。なかなか説明はできないんだけど。


例えば30歳の男の子がいるんだけど、彼は力がある。まだ若い。だから、世の中なんとかやれちゃうと自分では思ってるんだけども、それだけじゃ生きていけないということを彼には学んでもらいたいと思ってます。馬に乗って力を少し温存しながら、丹田というものを成長させていければ人間的にも優秀になれるんじゃないか、そういうことで一つの修練の地にしている。


その中で、弓というのも人間ではコントロールできないものがあるわけです。風とかね。そういうものを全て吸収しながら、計算しながら最高の結果を得たいな、それが我々日本人の生き方じゃないかなと思い始めた。海外にずいぶん長くいたものだから、やっぱり日本人は何かということをずっと考えてきたのでそういうふうに自分も問いかけてます。


──スポーツとしての流鏑馬もある中で、倭式騎馬會様として大事にしていることについてお伺いしたく存じます。


我々は流鏑馬をスポーツとは考えていない。文化と考えています。文化というものは長い間先輩たちが作ってきたものです。スポーツというのは競い合うということだよね。流鏑馬というのは競い合うのではなくて自分自身に答えを得る感じじゃないかなと思っているわけです。スポーツというのは、何分何秒という時間との勝負とか、美しさとかあるんだけども、流鏑馬はそうではなくて、色んな自然の力が融合する中で自分はどういうものを追い求めてそれに自分でどう答えたら良いかということだと思っています。だから、スポーツではないです。勝ち負けでもないし、誰かと早い遅いっていうことでもないですし。


──弓道にもそういう部分があると感じます。


私も弓道を明治神宮の弓道場でやってたんだけども、28m(射位から的までの距離)、どうやって心を冷静にして当てられるか。それは自分との競争でもあり、自然界との競争でもある。その中で自分がどう上手くやっていけるか、生きていけるか、自分が優秀であるとか考えないで、どうやって生きてみんなの力になっていくか。海外に行ってこのような日本の美しい文化を見つけて、そこから日本人に流鏑馬の美しさなど、良いものを選んでもらう力になれれば良いな、みんなのためになれば良いな、そういう気持ちでやってます。


──後進を指導する際に意識されていることはありますか。


私も子供の時はスポーツ、バスケットボールとか陸上競技とか、そういうものに憧れたりしたんだけど、人間は筋肉だけじゃないなと思います。身体の節々に色んな文化が残っていると思う。私は三島由紀夫が好きで、「日本のものを大切にしなきゃだめだよ。文化を心の中に入れて、それを消化して、それをみんなに分配しなきゃだめだよ」ということを教わった。だから、私はそういうことを大切にしているし、また、そういうことを大事にしている日本人と出会ってそれを伝えられれば良いなと思ってます。


──日本古来の流鏑馬を伝承していく上で課題だと感じていらっしゃることはありますか。


流鏑馬の原点は、速い馬に乗って馬の上から的を射るということだと思うんだけど、元々は武術だよね。これを神の文化だと昇華したことはやっぱりすごいことだと思う。その上で、日本古来の文化を伝承していきたいなと私はいつでも思っているし、自分が流鏑馬をやるときに子供たちと会って説明することは、これは日本の文化だよ、君たちの血にも流れているんだよ、だから大切にしようということです。スポーツもダンスも良いけども、もっともっと上等なものがあるんじゃないかな、だからそれを失わないでくれっていうふうに頼んでます。


──今後、どのように流鏑馬を残していきたいとお考えでしょうか。


そうだなあ。こんな感じだね。こうやって家族で来て、流鏑馬を楽しんでもらいたいです。それは日本の心であり、それから親子のつながりであり、男女の関係であり、そういうものをほのぼのと学んでもらいたいと思ってます。こうやって流鏑馬をやっていると、色んな人が集まってくる。すごい勉強になる。私も勉強してます。


──西洋乗馬とは全然違うと感じました。


それも日本人の心だね。和鐙は足底を使う。日本的なのです。乗り方も力の出し方も全然違います。


──道具一つ一つにも文化が表れているということでしょうか。


そう。だからそれが日本人的な考え方で、臨機応変。それができればみんな幸せになれるなと思うわけです。その場に合わせて楽しくやったら良いと思います。流鏑馬や体験乗馬の順番を待っているときに家族で色んなことを話し合う、そうすると家族の関係がどんどん大きくなっていくんだよね。ただ馬に乗るだけじゃない。だからそういうものを楽しんでもらいたいなと思っているわけです。


編集後記


流鏑馬を実際に見るのは初めてでしたが、間近で駆ける和駒の迫力に圧倒されると同時に、日本の伝統的な武芸が現代でも生き続けていて、それを目の当たりにできたことに感動しました。現代ではなかなか伝統文化に触れる機会はないので、このような場を大事にしていきたいです。近隣の小学校や中学校の児童・生徒と思われる子供たちもたくさん観覧に来ており、このような場所から次代の伝統文化を担う人が出てくるのかもしれないとも思いました。


また、インタビューでは、コントロールできない自然を受け入れながら自分自身を成長させていくという意識や、日本の文化や心を受け継いでいくことに強い思いを持たれて流鏑馬の伝承に取り組んでおられる姿に感服しました。私が流鏑馬を見ることができたのも、森さんをはじめとした、これまで日本の文化を受け継いでこられた先輩たちがいてこそだと感じます。このような文化を後世に残すために何ができるのか、自分なりに考えていきたいです。


そして、最後にはなりましたが、この度は流鏑馬文化を担っておられる方から直接お話を伺えるというかなり貴重な機会をいただけたこと、心から感謝申し上げます。大変お忙しい中、本当にありがとうございました。

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