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その一打に魂を込めて

  • 執筆者の写真: ゼミ 横山
    ゼミ 横山
  • 2 日前
  • 読了時間: 18分

和太鼓会 和光太鼓 田中泰秀氏インタビュー


岸優希、小林千乃、高柳咲音、藤原希、望月こころ


今回インタビューさせていただいたのは、和太鼓会 和光太鼓の会長としてご活躍されている田中泰秀さんです。和太鼓との出会いや想い、そして指導者として意識されていることや今後の展望についてお話を伺いました。



田中泰秀氏 プロフィール


1959年、埼玉県和光市生まれ。1969年に大和太鼓に入会し、その後、湯島天神太鼓保存会 助六太鼓の稽古に参加。1974年に和光太鼓を発足し、2023年には和光市文化功労を受賞。現在は和太鼓会 和光太鼓会長ほか、立教大学兼任講師、株式会社田中工務店代表取締役社長などを務めている。(和太鼓会 和光太鼓 WAKODAIKOより)


(ご本人提供)



和太鼓との出会い


───田中さんは、どのような方から和太鼓を学びましたか。


自分は今年で66歳になるのですが、10歳の頃、この太鼓に出会いました。そのとき、和光市がもともとは大和町という町だったんです。この地域の夏のイベントの一つが盆踊りです。その盆踊りのために曲に合わせて打つことを専門にやる大和太鼓という団体がありました。そこに湯島天神助六太鼓というものが発足しました。今でこそ太鼓が普及していますけれども、その頃は東京でも全国的にも、プロで太鼓を打ち一つのミュージックとしてやっていくチームはおそらく初めてだったと思います。そのチームに出会えたんです。


その大和太鼓に在籍中、一緒にお稽古に行こうという話があり、そこで、今まで自分が所属していた夏の盆踊り専用のものとは違った、音楽的に太鼓を使って演奏していくものに出会えました。そのとき、興味や関心が強くなり、今まで自分がやっていた盆踊りのようなもの以上にとても興味を持ったんです。その後、それ自体がおもしろくなってしまい、もっともっと追求して、始まったのが56年前です。そのため、やはり湯島天神助六太鼓という、今の大江戸助六太鼓というチームの小林正道さんに教わったのが一番強いです。


───助六太鼓というのは、盆踊りの太鼓とは具体的に何が違うのですか。


盆踊りの太鼓というのは当時レコードをかけて、その民謡が流れるんです。例えば「東京音頭」や「炭坑節」。曲に合わせて音頭をとっていく太鼓でした。そこには太鼓の意味もあると思いますが、周りで踊る方がいて、「東京音頭」は東京音頭の踊り方、「炭坑節」は炭坑節の踊り方というのが今もあります。一方で、助六太鼓は全く曲もなく、指揮者もいないなかで、みんなの感覚と覚えている限りで演奏します。そのため、助六太鼓はある意味で自分を出せる太鼓の打ち方で、自分たちの掛け声と息を合わせて演奏しているんです。いろいろな太鼓を使ってそれぞれの役割を持ってやっているという違いです。要は、レコードやエコーは使わない。自分たちで拍子を取り一つの物語的な曲を作り、その曲を聴いてもらいます。


湯島天神の助六太鼓はプロとして組太鼓を一番最初にやったチームでもあります。全国に組太鼓のチームはおそらく数千団体あるのですが、その中で目立っているチームは1割弱だと思います。そして、自分が習った助六太鼓というのが、自分の中ではおそらく今でも一番上にいると思っています。それくらい自分の打ち方・魅せ方・音が非常に自分なりに気に入りました。


太鼓団体は全国の組織になっています。日本太鼓財団というのがあり、資本を出してくれてるのは日本財団なんです。日本財団は日本太鼓財団と日本音楽財団と大きく二つあり、自分たちは日本太鼓財団のほうに加盟してやっているのですが、それが47都道府県別の東京支部、埼玉支部、神奈川支部という感じで47都道府県全てあります。太鼓を打っている人が全員参加しているわけではなく、熱意のあるチームだけがそこに加盟しています。それでも北海道と沖縄を入れて、全国で約700チームがその組織に入っています。


最近ではそこ以外に台湾でも和太鼓が非常に流行していて、台湾太鼓連盟というのもそこに入ってます。それから、南米のブラジル。ブラジル太鼓連盟というのができて、やはりそこに加盟しています。そのため、47都道府県+台湾太鼓連盟、ブラジル太鼓連盟が入り、みんなで勉強会をしたりいろいろなコンサートをやったり、皆さんで刺激し合ったりして、和太鼓の普及を頑張っていきましょうというようなことをしています。


(筆者撮影)



海外公演について


───海外公演もたくさんされていると思うのですが、ホール以外の普段と違う場所で演奏する際にどのような気持ちで演奏されていますか。


演奏する気持ちは場所を問わず一緒です。例えば、国内で観客が10人の場合と1000人の場合でも同じです。外国の場合、外国の人が何を求めてるかというのが一つあって、日本らしさなのか、和太鼓らしさなのか、ビートなのかなどいろいろあります。ハイテンポなビートは外国でもたくさんありますが、ゆったり型のメロディーは少ないです。また、スピーカーを通すものと通さないものがあり、和太鼓というのはスピーカーを通さない楽器です。やはり生音を聴かせるというね。そういうことでは、外国で和太鼓の演奏は非常に珍しくて。ドラムを打ってる人たちはたくさんいる。ドラムの代わりに和太鼓を使ってる人もたくさんいる。しかし、僕らに言わせると「そこはドラムでもいいじゃない?」という。ドラムの代わりに和太鼓を並べたところで、音色に和太鼓らしさがなければ、ただ楽器を変えたというだけです。そのため、自分たちは和太鼓のチームとして行く場合は、やはり和太鼓の良さというものを存分に出します。


そのため、100%の力を音に向けられるというのは非常に難しいです。太鼓は皆さんの意思通りに鳴らないんです。少しやってもらうと太鼓は簡単そうに見えるんです。バチで打てば音は鳴ります。しかし、その音で視聴者の皆さんは納得しますか?やはり太鼓というと、皆さんの頭の中に爆発音的な雷のような花火のようなイメージがあるじゃないですか。そこに応えてあげないと和太鼓を聴いたのか、専門家の演奏を聴いたのか、素人の演奏を聴いたのかということになってしまいます。そのため、外国は特にすごい音や和太鼓ならではの音色、日本的な調子というものが大事かもしれません。また、声を出してみんなで息を合わせていくとか。そういうことを重視して外国の公演ではやったほうがいいです。“THE日本”を聴きたい人たちもいるので、洋楽的なものばかり並べてしまったら聴き慣れてるわけです。洋楽的でいったらなおさら日本人では敵わない。そのため、「和太鼓はこうです」という新しいものを聴かせに行くところに重点を置いています。


───海外では、体感だとどのような求められ方が多いのでしょうか。


和太鼓の音は他の楽器にはない音を出します。類がありません。そのため、そこに包み込まれたいのが一つ。それから、和太鼓にもきちんとしたルールがあり、拍子の中に入っているわけです。その拍子が向こうの人たちと合ってくると彼らも踊ってきます。そのため、外国の音楽と日本の和太鼓にそこまでずれはありません。周りの人が体をゆすってきたり、もしかしたら一緒になって手拍子的なノリが入ってくればOKです。反応を見ながら打っていくことが必要です。


お経だって本当に素晴らしいですよ。なんの拍もない中でスピード感、強弱をきっちりとやる。日本ならではではないかもしれないですが、心が洗われるというか、落ち着くというか。そのような見せ方は他にないです。お経の中には太鼓や鐘がときどき入りますよね。絶妙なタイミングで入って成り立っています。和文化は結構そのようなところがあって、独特の間、拍子、盛り上がりがあります。このなかでお経を拝める人はいますか?あるいは、お経の本を見たことはありますか?どこで切って、どこで始まって、どこで強くして、どこを弱くしてというのが全部あります。それを覚えるのではなく、何度も読むとわかってくる。棒読みで句読点が違っていたら、聴いてる人は気持ち悪いと思います。神様のことばとして、ご先祖様への伝達として、太鼓や鈴を鳴らすといいますよね。お線香をたくのはどうしてか。人間は口で食べますが、上にいる人たちは食べられません。お線香は神様やご先祖様に対して尽くす道具です。そういう風に考えるとうまくできています。


太鼓というのは、神様やご先祖様に通ずる楽器として昔から選ばれています。時を知らせるものや威嚇の道具、自分の位置を知らせるものなど、いろいろな説がありますが、神仏で使われていたというのが古くから言われています。それはやはり意味があっていまだに使っています。話ができる、言葉が通じるとか、言葉に代わるものが太鼓の音で伝わるといわれています。和太鼓はそういう代物なんです。



継承や変化について


───昔から受け継がれてきた中で、パフォーマンスや身体の型に変化はありましたか。


そもそも助六太鼓というチームの形があるんです。形は700団体でみんな違います。打ち方などの正解がみんなちがいます。これは琴、三味線、笛、などに関しては、流派は違っても正解はほぼ一つです。そこに対して、何流、何流、と習っていきます。しかし、太鼓の場合はゴールの正解は一個ではないんです。何が良くて何が悪いかという言い方にならないほどたくさんあります。自分が習ったところの形があって、助六太鼓の形は自分が憧れた形でした。そのため、今でもその形の原則は変化させていません。ただ、曲によってこの形をこうしたほうがいいだろうとか、このほうがもっと音が出るだろう、という意味での進化はしてます。しかし、基本形として大きな変化はありません。


───憧れた助六太鼓の形は、具体的にどのようなところにあったのでしょうか。


皆さんに見てもらった右側には太鼓を水平において打ってましたよね。全国的にはこれなんです。しかし、皆さんから見て左側には斜めに太鼓がおいてありましたよね。あれが助六太鼓です。今でこそ全国に普及しましたが、あれを生み出したのが助六太鼓なんです。太鼓の左側に立ち、斜めに打つ。皆さんから見て右側の平太鼓は平置きというのですが、全国でやっています。今もおそらくその形でやっているほうが断然多いです。


斜めの太鼓は意外と打ちづらいです。真正面に置いて打つ場合はできるかもしれないけれど、斜めの太鼓に対して打つのは結構難しい。そのため、うちのチームでも、斜めの太鼓を打てるよう稽古をします。自分たちはやはりあのスタイルが一番かっこいいと思っています。


(筆者撮影)



指導者として


───団体の方への指導と初心者の立教の学生への指導で、それぞれ気を付けていることや大変なこと、難しく感じていることはありますか。


自分のチームを教える場合は、やはり教え方の順番があります。和光太鼓はいろいろなところで披露の依頼があります。これは仕事ではないですが、ある意味この和光太鼓の特色でもあります。そのため、幅を広く、深く教えていくことになります。


しかし、大学に教えに行く場合は違います。立教大学「絆の会」をもう8、9年やっているのですが、大学生はだいたい1年生の半分くらいから入ってくる子が多くて、3年生いっぱいか4年生の前半に抜けてしまいます。稽古も毎週やりたいけどスケジュール的な問題があり月に2回程度しかできず、全員が揃う場面も少ないです。そのため、幅を広げて教えるというよりも、ある程度狭めて確実なところだけを習ってほしいと思います。その深さもある程度の深さで止めないと、行き詰まってしまいます。やれて3年間、下手すると2年間の中でどれだけできるかということを考え、こちらと同じ求め方をせず、幅と深さは考えて教えていますね。


───和光太鼓のチームに教えるときの順番というのは具体的にはどのようなものですか。


まず基本のリズムがあります。その基本のリズムを大体3、4割できたら次へ入っていきます。完成するまでずっとやっていると飽きてしまい、マンネリ化してしまうからです。要は見て聞いて覚えるという学習方法です。まず、バチで打ってみて慣れてもらい、次の段階は、大きく、小さく打つのはどうするのかという打ち方の問題です。構えというのは、太鼓の前に立ったらこういう形で打ってみましょうというもの。段々構えが大事になります。構えがあって太鼓の音が鳴る、太鼓の音が鳴るのは正しい構えだからということに気がついていきます。


今日もこれだけ(約20名)いますけど、まだ半年くらいしかやっていない子から3、40年やっている子まで一緒にやっています。まだ経験が浅い子もそのような中に入っていると、模写していったり耳で覚えたりして合わせようとします。
やはり稽古と練習は自分にとっては違います。稽古というのは、見て、自分がそれを取り入れていくもの。教えてもらわなくてもどんどん吸収していく場というのが稽古。練習というのは、教わって、それを練習していくもの。根本的に違うと思っています。そのため、本当に耳で聞いて目で見て、教わった情報に対して自分を真似ていくという稽古方法が太鼓の場合は一番合っていると思います。


先程も言ったように、経験が浅い人には浅い人なりの要求しかしないです。
熟練の子にはやはり熟練の子への要求をするわけです。やはり、差はどうしても出てきます。だからといって、熟練の子がずっと逃げ切っていくかというと、こういう世界は違っていて。
半年前に入った子がものすごく覚えが良くて追い越していく場合もあります。合っている人たちにとっては年功序列ではない。それがまたおもしろいところでもあります。


先程皆さんにも見てもらいましたが、まだ何ヶ月かしかまだやってない子もいれば、何十年もやっている子もいて、よく見ればわかるところもあるかもしれないですが、言われなければわからないところもありますよね。その辺りは太鼓の打ち方や姿勢、気持ちといったもので、やはり技量だけではないです。技量全てではなくて、見せる側・聞かせる側にいるという意識が高ければ高いほどあのようなところに入っても下手くそというような見え方はしないです。堂々と下手くそだとわからない。堂々とやるというのも稽古の一環です。下手だから引っ込んでいるのではなくて、下手でも堂々とやれるようになっていくという感覚を、稽古を通じて養ってほしい。うまくならないと堂々としてはいけないということになってしまうと、いつまでたってもうだつが上がらないと思います。


───半年くらいしかやっていない子が演奏をするのは、時期が決まっているのですか。それともやりたいと名乗り出ているのですか。


和光太鼓の場合は全員参加するイベントが年に4回くらいあります。雨でできませんでしたが、昨日の和光市市民祭がまさにそうで、そういうところは全員で行きます。
やれるやれないを問わず出します。それこそ自分の根性試しです。そこで恥ずかしい思いをすることも一つの稽古だと思います。やはりお客さんの前でやるというのは最大の稽古です。稽古場でやると誰も見ていないし外部から評価がこないじゃないですか。実践稽古はすごく大事です。稽古の一環でみんなを出していくというのはあります。


───反対に、ある程度メンバーを選んでやる機会もあるのですか。


あります。このチーム(取材日に稽古中のチーム)もそうです。やはりある程度見せられる子たちというのがいて、その子たちは特別に育てます。
なおかつ、その子たちが和光太鼓の先導者になるんです。それを見て憧れたり羨んだりしながら、早くここに入りたい、行きたいという思いで頑張る子も多いです。


───舞台によってメンバーを入れ替えたりするのですか。


はい。あくまでも趣味でやっているので、小学生や高校生、社会人、家庭を持つ人も演奏メンバーに入っています。どうしても仕事が休めない、学校がある、ゼミがあるなど、それぞれ環境があります。そのようなときにぴったりの人数だと成り立たないので、ある程度余裕をもったチーム制にしていて、そのときに出られる子だけで編成します。地元でやる場合も地方や外国でやる場合も、そのときに休みが取れない子もいますから。


───ご自身がその和太鼓をしている中で、自ら団体を作って指導者になろうと思ったきっかけはありますか。


やはり太鼓演奏というものに興味があり、自分も稽古をして、チームの一員となって打ってきました。そこはプロとして進んでいるチームでしたが、自分はプロになるということよりも、地元で何か残せるものがいいという位置を選びました。そこで、「和光太鼓」というチームを編成しました。しかし、いくらアマチュア団体でもやることはプロ並みなことを目指したいと思い、この団体を作って現在進行中です。
やはり本物でないと、遊び半分で暇つぶし的なことをやっても面白くないです。ある程度評価をもらえるチームになり、いろいろなところから呼ばれて演奏できるのが結果的には楽しいわけです。今はもう市内よりも市外の演奏の方が多いです。


───指導者という形として、憧れた経験や今後目指すビジョンはありますか。


それはやはり湯島天神のときです。助六太鼓はものすごく厳しいです。そして、ものすごく優しいです。
そこにはすごくメリハリがありました。自分は「優しさ」と「稽古」は違うとずっと感じていて、稽古は自分のためになると思います。どんなに怒られてもどんなに叱られても、自分のために言ってくれているということを理解しないとやっていけない。少し言われたくらいでしょげてるようでは教えられないです。それが正しいかどうかというのは別問題ですが。先程言ったように練習場と稽古場は違います。厳しさを持たないと稽古ではなくなってしまうと思います。自分たちがやっていたときも、礼儀や所作一つにしても、練習場と稽古場では雰囲気が少し変わりました。和光太鼓もそこを重んじています。



今後の展望について


───最後に和光太鼓の活動に関するこれからの展望についてお聞かせください。


やはり目指すところにはまだまだ行っていません。もっと正しい打ち方ができたり、正しい和音楽というものを目指していきたい。太鼓らしい音を出すのは難しくて、どこにも正解はないです。しかし、自分の中には正解があります。
この音を出せるようなチームづくりが目標です。
今は和光太鼓も52年目、絶対に崩壊させたくないです。ものすごく伸ばしていこうというよりも、今のランクやレベルを最低限保持していきながら、少しずつでも目標に向かっていけばいいと思います。こういうものは急げないし、急いでやってもうまくいかない。そこらへんは会員さん個人個人で思いが違うと思いますけどね。これからも、先導者がその考えを曲げてしまうと、どんどん緩くなります。
緩くなると壊れるのは簡単。そういうことはこれからも気を付けていきたいです。


───これから和光太鼓を残していく上で、これだけは譲れない、和光太鼓とはこういうものだというものはありますか。


音色です。音色と気持ちを込めて打つということ。聞いてる人は必死感、頑張っている感というのがわかるので、やはり太鼓は力が必要です。簡単にさらっとやっているのではなくて、一打一打魂をこめたものになっていってほしいです。そこはどこの太鼓の人もそうだと思いますが、そこを譲ってしまったら和太鼓ではなくなってしまいます。一打一打が聞かせるものですから。




編集後記


岸:田中さんにお話を伺い、一打一打魂のこもった、和太鼓らしい音色を守っていくこと、稽古に対する姿勢や見せる側としての意識を育てていくこと、そしてその音と情熱を持ったチームを長く続けていくことなど、和太鼓や和光太鼓に対する熱い想いに触れることができました。また、今回は実際のお稽古も見学させていただきました。体の芯まで響くその音色や、皆さんの力強い姿に圧倒され、田中さんの情熱が確かに受け継がれていることを肌で感じました。このような貴重な機会をいただき、とても大きな経験になったと感じています。本当にありがとうございました。


小林:小さい頃にイベントで和太鼓の演奏を見て以来、今回の取材を通して久しぶりにその音色とパフォーマンスを目の前で体感し圧倒されてしまいました。日本人の国民性として恥ずかしがり屋であったり、謙虚であったりすることがよく挙げられますが、その演奏から感じたのは情熱と勇ましさでした。インタビューの際も、固定の拍子が無いことや打ち方、太鼓の本来の在り方など演奏に関することをたくさん教えていただいたことで、いかに和太鼓が日本文化と密接に関わっているかを知ることができ大変勉強になりました。この度は貴重な体験とお話をいただき、本当にありがとうございました。


高柳:大学の授業でお世話になったことがきっかけで、今回取材を実施させていただきました。和太鼓との出会いから指導者としての想いや今後の展望までお伺いし、田中会長が和太鼓ならではの音色を大切に演奏やご指導をされていると感じました。学生から社会人まで幅広い年齢層が所属する団体だからこそ、団体としての目指すビジョンを明確にして指導することが大切だと思いました。取材後には実際に和太鼓に触れるお時間をいただき、改めて和太鼓の音色の奥深さと難しさを実感しました。お忙しい中、貴重なお時間をいただきありがとうございました。


藤原:今回の取材で一番印象的だったのが、意識が音にパフォーマンスに影響を与えるということです。太鼓には力強さが必要で、意識は繊細なものなので、太鼓の演奏において対岸にあるものだと思っていました。ですが、意識が揃うことによって息が合い音楽も合い、音楽の強弱がつくため、対岸にあるものなんかではなく、意識が音を揃えるんだなと体感できました。また、実際に太鼓を打たせていただいて、想像以上に難しい姿勢で力を込めて打たなければ音が出ないことに驚きました。全身全霊で打っても気の抜けた音しか出ず、力強い音色を揃えて鳴らしている和光大鼓のみなさんは力を込め、さらに姿勢と気持ちを揃えているその凄さを実感することができました。お忙しい中、稽古の間を縫ってお話を聞かせていただきありがとうございました。


望月:お祭りや舞台などで耳にする機会も多く、日本人にとってどこか身近な存在である和太鼓ですが、その力強い響きの奥にある技や想いの積み重ねに触れることができました。指導や稽古においては、それぞれに合った伝え方や関わり方が大切にされており、人と人との関係の中で技がつながれていくのだと感じました。さらに、時代の流れに合わせて変化している部分があっても、根底にある思いは変わらず受け継がれていると思います。実際の稽古の様子を見学した際にはその音と皆さんの熱量に圧倒されました。長年和太鼓と向き合い、共に生きてきた田中さんだからこそ、演奏者・指導者という立場から語られる言葉には強い説得力があると感じました。この度は貴重なお話をありがとうございました。

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