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五輪メダリスト、指導者、そして現役選手として

  • 執筆者の写真: ゼミ 横山
    ゼミ 横山
  • 11 分前
  • 読了時間: 17分

─シンクロナイズドスイミング 銅メダリスト 小谷実可子氏インタビュー─


秋山優真 大田夏希 岸優希 田村大空 藤原翔月 水野姫花



今回インタビューさせていただいたのは、アーティスティックスイミングの指導から大会運営とともに、選手として活躍されている、小谷実可子さんです。指導者、選手、仕事として意識していることや、競技、芸術としてのアーティスティックスイミングなどについてお話を伺いました。



(ご本人提供・2023年世界マスターズ水泳選手権にて3つの金メダルを獲得)


小谷実可子氏プロフィール


1966年、東京出身。シンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)を9歳からはじめ、高校時代にシンクロナイズドスイミング留学。1988年のソウルオリンピックでは、ソロ・デュエットで銅メダルを獲得。夏季大会で初の女性旗手を務める。1992年に引退し、日本オリンピック委員会の仕事や、シンクロナイズドスイミングの指導によって魅力を伝えている。2020年には、東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会スポーツディレクターを務める。



競技の名称変更


──「シンクロナイズドスイミング」から「アーティスティックスイミング」という名称に変更されたことについて、どのようにお考えですか。

 そもそもシンクロナイズドスイミング自体がすごくマイナーなスポーツで、84年にはオリンピック種目になったけれど、なかなか認知されていませんでした。でも、オリンピック種目になってだんだん認知されていってやっとメジャーの仲間入りできたところだったのに、名前が変わって馴染みが薄くなってしまうところはあったと思います。実際のところ、私がイベントなどに行くと、「シンクロってなくなっちゃったんですね」と言われて、「いやいや、種目がなくなったわけじゃなくて、名前が変わったんです」とお話しすることもありましたね。名前の変更によって国内のいろんなクラブチームがやっと新調したクラブ名が入ったジャージや応援ののぼり、リュックなど、いろんなものを作り直さなければいけなかったり、種目がなくなっちゃったと勘違いされたりしました。

 私の反省点というか後悔としては、国際的にはアーティスティックスイミングって英語で言われても、国内では通称でシンクロと言い続けようという動きがあってもよかったのかなと思っています。今も、自己紹介をするときに、肩書きを聞かれると、シンクロのときに出た選手は「シンクロナイズドスイミングの銅メダリスト」と言うし、東京大会以降の人はアーティスティックスイミングって呼ぶというのも、ややこしいから私はもう自分のスクールでもシンクロのままです。いろんな人にどっちにしますかと聞かれても、シンクロって言ってください と個人的にはしています。



選手として


──『Seiko HEART BEAT Magazine』のなかで「すべてが上手くいくと、水と音楽と自分と観客が1つになれるんですよ」と話されていました。このような感覚について詳しくお聞かせ下さい。


 15年間、競技生活をしてきた中で、2回だけこういう感覚になったことがあります。1回目が1989年のスイスオープン。88年のソウルオリンピックでメダルも獲れて、いろんな大会でオリンピックメダリストの小谷実可子だって楽しみに迎えてもらえることがすごく幸せだったのと、獲りたい競技結果は得ることができていたから、これからは自分の演技で人の心を動かせるような選手になりたいと考えるようになりました。それまでの、絶対オリンピックでメダルを獲りたいという、結果を求める目標から、影響力を持てるアーティスティックシンクロスイマーになりたいと思うようになりました。だから、そのスイスオープンのとき、変な気負いがありませんでした。それまでと違って、何点獲らなきゃというのがなくて、「とにかく私を見て!」っていう気持ちです。ポーズをとったら、観客のエネルギーが自分の中にどんどん取り込まれていく感覚でした。普通はどんどん辛くなってくのが私たちのスポーツですが、泳いでいても、どんどん見てる人のエネルギーが吸い込める気がして苦しくないし、飛び込んだ途端に、水の一部になったような感覚になって、空が光って見えて、観客が別世界にいるように見えるんです。全てがゆっくり流れるような感覚。そういうときって何点獲りたいとかではなくて、そこに生きて、自分の大好きなシンクロをやって、この地球に生きてるっていうことが、幸せでしょうがないっていうような感覚なんです。

「幸せ!産んでくれてありがとう!」っていう、全てに対して感謝みたいな感覚があって、最後にポーズを取ったら、満点の10点が並んでて、初優勝したのが1回目でした。

 2回目がその2年後ぐらいに、スペインのマジョルカであった大会で、それまで勝ったことのなかったアメリカの選手と点数が離されていました。自分でも私は2位だろうなと思っていたのに、試合前日の夢の中でその選手を日本刀で打ち負かしたんです。そのシーンを見て、私を最初にシンクロに誘ってくれた恩師が、 微笑むという意味深な夢を見ていた。こんな夢を見るということは勝てちゃったりするのかなって思いました。それで、決勝の日にポーズをとったら、また見てる人のエネルギーが湧いてくる感覚があって、「私また特別な演技ができるのかな」と思って飛び込んだらまた体が溶けていって、演技が終わると、0.001点差で私が勝って大逆転していたんてますよ。結果ではなくて、見て感動して、泣いてくれた人がいたり、競技を超えた感動の共有みたいなことが起きていました。



──アメリカで褒められて育った経験もあれば、厳しい指導を受けた経験もお持ちだと思うのですが、鬼コーチとも言われる井村監督について教えてください。


 井村先生は関西の先生なので、直接の指導は受けてないんですが、井村先生の厳しさって、あの方も教師をしてた方なので、 愛があるというか、選手を信じている。井村先生の言うことを信じて頑張ってついていけばメダルが獲れるという風にポジティブに捉えた子は、 すごく苦しいけれども食らいついてきて結果を出している。 1回それがあると、先生はすごく厳しいしすごく辛いことを課されるけれど、井村先生が言ってるんだから絶対メダルが獲れるといって繋がっていく選手もいれば、苦しいが先になっちゃって、そんなのできない、そんなの苦しいという風になった時点で、落ちていく子もいます。だからどっちもどっちなんです。

 私はアメリカで評価を得たものが日本で評価を得ず、遠回りをした末に初優勝できたときに、アメリカの選手からもらった「Things happen for a reason」という言葉を思い出しました。その言葉があるから、 どんな大変なことがあっても成長の機会だと思えて生きてきています。若いときに知ってよかったなという言葉です。楽で楽しいだけでは 人生楽しくない。いっぱい苦労してください。



指導者として


──教える立場として、スポーツの面と芸術の面をどのようなバランスで考えていらっしゃいますか。


 私が指導している子供のスクールでは、選手育成ではなく発表会を目標にしています。もちろん競技を否定するわけではないんですが、競技となると、審判に点数をもらえる演技を優先することになるんです。そこでいい点を獲るために学校行事とか家族旅行とかいろいろなものを犠牲にして頑張るっていうのも、もちろんそれはそれで応援したいなとは思います。ただ私は、シンクロの楽しさをより多くの人に広げたいなという思いがあって、シンクロ教室を始めたんです。そのためには、やっぱり家族旅行だったり、部活だったり、普通に人として楽しむこともしながらの教室がいいなと思っています。そうやって自分を磨いたり、心を豊かにしたりしてほしいんです。競技だと手足が長かったり、体が柔らかかったり、そういう競技向きの人、特性を持っている人の方が有利になります。



──発表会を行うにあたってどのような準備を行っているのでしょうか。

 

毎回テーマを決めてやっていくんですけど、そのテーマのなかでその子の個性を活かせる役の演技をつくっていきます。例えば、小柄で選手としては映えない子かもしれないけれども、「ライオンキング」のザズーの役が似合うということもあります。ただ、やっぱり子供なので「自分は主役のシンバをやりたいやりたい」って言うような子もいるんです。そこで私が、「あなたはザズーよ」って言ったら、最初は納得していない感じだったのが、演技を磨いていった末に語り継がれるような素晴らしいザズーをやった子がいたんです。 ただ出番がたくさんあるとか、華やかな役とかではなく、この作品のなかで自分はなくてはならない存在なんだということを自覚することで、すごく輝くんですよ。それを一人一人がやることで、オリンピックのようないわゆる競技大会に出したら決して高い点数がもらえるような内容ではないのに、観客の人がみんなが感動する演技が出来上がっていくんです。それを私は目指しています。なので、私は自由さ、創造性を自分の教室では大切にしています。



──そういった発表会で行う演技と競技ではどのような部分が違ってくるのでしょうか。


 最近のアーティスティックスイミング競技では、技術が重視されるようになっていて、難しい動きをたくさんやれば点数が獲れるというふうになっています。やればやるほど加点されるので、その動きをたくさん入れるようになっているんです。それによって侘び寂びとか間とかが持てない演技になってしまっています。 そういう風にやることによってミスが出やすくなって、競技の結果が大どんでん返しが起きて、最後まで誰が勝つか分からないスリリングな、以前のように印象点だけでメダルが決まるスポーツではなく、今までメダルを取ったことのないような国がメダル取れるようになったんです。それをワールドアクアティクス(*)は目指してたから、それはそれで面白いので良いとは思っています。


*ワールドアクアティクス 旧国際水泳連盟(FINA)



──始めたての子はスキル面にフォーカスすると思うのですが、いつ頃から個性を見出しますか。


 一緒に見ていくうちに徐々に見つけていくという感じです。人だけじゃなくてそのチームにも個性があるんです。生徒が大学4年生になるときに卒業させているから、うちのチーム は毎年メンバーがちょっとずつ変わるんです。ほんの数人入れ替わるだけでも、このメンバーはこの演目が合うみたいなのがあるんです。 それを選ぶために普段の練習からいろんな曲調で泳いでもらっています。そうやって練習しているなかでこれだというのが見つかっていきます。そのメンバーによって毎回似合う演目が違うんです。 あなたがここでこういう風に頑張ってると、すごくチーム全体がまとまるよとか。 ムードメーカーの子がいたり、あるいはしっかり曲を取れる子がいたり、 あんまり前に前に出てこないけれども、黙々とずっと泳いでるような子がいたりとか。それぞれの子に合わせて、あなたのこういうところがこのなかに今生きているよとかはいちいち言う。 その芸術性とかタイプというのとまた違うかもしれないけどそれが楽しいし、そういった少しの違いで演技として出てくるものも変わってくるんです。



──新しい技を習得する際にはどのような練習をしますか。教える側が横について補助をしながら行うのでしょうか。


 教え方はいろいろです。 始めたばかりの頃は、一緒に水の中に入ってやって見せてあげることが多かったけれど、今はもう生徒たちが本当に上手なので、やって見せるというよりは動画です。ダンスもシンクロも見る人が見てなんぼで、本人はできているつもりでも、できていないことがあった場合に、映像で「ほらね」と見せると一発でわかる。そういう意味では動画を撮って見せることが多いです。生徒たちが生で他の人の演技を見る機会というものがあまりないので、私もなるべく「こういうのやってみたら」って思うものを映像で見せてあげたりもします。あとは、今私も選手として、若手の日本代表のコーチなどに見てもらっていて、その技術や見せ方を学べています。なので、それを活かして伝えたりもしています。



──口を出さずに自分から気づかせるタイプの教え方をされる方もいらっしゃると思いますが、どこまで口を出すか、あるいは出さないかについては、どのようにお考えですか。


 最近の子は自分で考えさせた方が上手になると感じます。私が細かく言うよりも、ざっくりと伝えて手放した方が、自分たちで自発的に考えて良いものになっているな、という印象がすごくあります。その上で、彼女たちが目指しているものをより良く実現するために助言をする、という教え方に変わりました。


 また、怒られたり注意されることに免疫がない子が多く、少し注意をするとポキッと折れてしまったり、自分ができないことに直面して震えてしまうような子がいます。 だから「できないことがあってもいいんだよ」「それを頑張ってできるようになることがいいわけだから」と、その子を否定しないように気を付けました。怒られて拒絶する子もいれば、一方で、注意されたことをすごく喜ぶ子もいる。指摘されて、自分が変われたり上手になったりすることに喜びを感じる子もいます。なので、私はやはり間違っているときは指摘するべきだし、叱るべきだと思っています。私もアメリカで褒めて伸ばしてもらったタイプではあるのだけれど、子供たちを教えていて気をつけていることは、褒めるところがあったときだけ褒めること。何もないときは褒めない代わりに、ちょっとでもいいところがあるとそれを見逃さないようにするのが私の役割だと思っています。子供って面白くて、「今日すごくいい目してるね、何かいいことあったの?」みたいなことを感じて伝えると、それだけで水中の技がいつもより上手にできたりする。そうやって、褒められることで魔法がかかる子供をたくさん見てきたので、 褒めどころを見逃さないことが、私の指導のなかで意識していることです。



トレーニング方法


──アーティスティックスイミングらしい身体を作るために行なっている特別なトレーニングなどはありますか。


 体をより大きく見せたり、足をより長く見せるために、可動域をとにかく広くするトレーニングは、今の子たちはすごくやっています。股関節や肩をただ回すのではなくて、抜いたまま回す練習をします。足も、振り付けの練習に入る前に抜いて付け根から回せるようにしっかり動かしてから演技に入ります。それは私の時代はやらなかったけど、昔は足を上げる、曲げる、斜めぐらいしかなかったものが、今は曲線的に動いたり、複雑に動いたりするので、振りを考えるときに最近の子がやるのと私がやるのと全然違って新鮮です。そこは私も勉強中です。潜水や、呼吸制限をつけた競泳の泳ぎ込みも多いです。例えば、行きは必ずノーブレ(ノーブリージング)で、帰りが何%ぐらいでっていうのを繰り返すとか、行きは潜水で帰りは立ち泳ぎとか、泳ぎのトレーニングも多いです。



──バレエやダンスのような要素もある種目だからこそのトレーニングもありますか。


 選手のときはバレエやダンスのようなものも確かにやりましたが、結局ダンスもバレエも全身の表現。でも私たちは半分しか使えない。立ち泳ぎのときは上半身、逆さまになっているときは足しか使えません。バレエやダンスも、表現という意味では一定期間はやりましたが、トップ選手になると体の動かし方は自然と身についてきます。日本女子体育大学で、舞踊科の非常勤講師として、シンクロの基礎(リズム、水泳)を教えていたこともありますが、ダンスをやっている子たちはシンクロがうまいです。水のつかみだけ教えるとほんと綺麗にできるようになります。 踊りの素養とはすごく重なる部分があるのかなと思いますね。


(ご本人提供)


現役復帰


──小谷さん自身が現在競技に向き合うなかで何か感じるところはありますか。


 私は今マスターズで世界選手権に挑戦してるんですけれど、マスターズは旧ルールでやっています。ですから、高い点数を獲るために速い動きとか難しい動きも入れつつ、今のルールではできないこと、たとえばしっかり見せるとか曲調を表すみたいなことを重要視してやっているんです。 そうしたら今年の3月のミックスデュエット(*)で、 新ルールの世界選手権もマスターズの世界選手権も両方審判してる人がもう涙流して、私たちのスポーツにアーティスティックを取り戻してくれてありがとうって、手を握られちゃって、すっごいそれが嬉しかったんです。 別に今のルールに物申すためにそういう演技をしたわけではないんですけど、私には「愛するアーティスティックスイミング、シンクロナイズドスイミングはこうだ!」っていうのがあって、マスターズの世界ではそれが許されているから楽しくてしょうがないし、審判の人たちも、ルールだからこっちで点数出すけど、そっちが見たかったのよみたいに言ってくれるのがすごい嬉しいんです。

*ミックスデュエット 男女二人のデュエット



──日本オリンピック委員会での要職やコメンテーター、スポーツ団体や学校での指導など、選手以外の形で競技に関わってこられた上での現役復帰で、見方や考え方に変化が生まれた部分はありますか。

 

 いろんな仕事とか役職、それまでやりたいことを全部やってきましたから、もう50からは折り返しの人生で、 スポーツ界への恩返しをするというのを決めていました。でも、それってちょっと上からというか、後輩の為に 恩返ししてあげているみたいに思ってる自分もあったし、恩返しは悪いことじゃないけれども、そのために自分ももっと成長し続けなきゃいけないというのをどこかで感じていました。2020年の東京オリンピックのときに、スポーツディレクターという競技運営に関わるすごく大変なお仕事についてしまったので、終わった後は廃人でした。「次は何のために生きてくの、私。」と考えたときに、目標を見つけなきゃと思って、マスターズに挑戦し始めました。 私が頑張ってる姿を見て、実可子が頑張ってるなら私もって、周りの人が一緒に頑張り始めてくれました。さらに、「すごい応援してる」「がんばって」っていう声が届くと、本当にうれしかったです。

 マスターズは、競技ではあるけれど、かつての世界選手権やオリンピックに出てたときとは違う。出たい人は誰でも出れるもので、日本代表選考会を経て、強化費をもらっていた、かつてとは全然違う世界です。役職についていると、「選手の応援をよろしくお願いします」と言う立場だったのですが、身をもって、応援って力になるんだな、ありがたいんだなっていうことを知りました。それまでは恩返ししてあげていると思っていたけれど、自分もスポーツをしながら応援してもらって、その感動を力に変えて頑張っている。 だからこそ、後輩たちのためにも、スポーツ界のためにも頑張らなきゃなっていう 気持ちになっているので、今は楽しく感じます。

 生きてきたなかで今が一番楽しいです。今まで58年間やってきたことが全部繋がって、 いろんな役職もやってると、人脈もできるし、世の中がどう支え合っているかもなんとなく見えてくるんです。いろんなことを動かしたり、人を繋げられたりすることによって、後輩たちや若者が楽しむことや、新しい経験をすることを見るのが 楽しいです。80代で泳いでる人を見て、50代なんてもうおばさんと思ってたけど、まだまだ成長しなきゃな と思えるようになったことがマスターズの一番の収穫です。



編集後記

小谷さんのお話には、長年の経験を積み重ねてきた方だからこその言葉の力がありました。どんな経験も力に変え、今を楽しんで生きる小谷さんの姿に、力を分けてもらえたような気がしています。貴重なお時間をいただきありがとうございました。(秋山)


アスリートとしてのストイックな一面に感銘を受けたのはもちろん、小谷さん自身のパワフルでポジティブな人柄に触れ、自分の未来も明るくなったように感じました。どんな状況でも「神様は遠まわりさせる」という言葉のように、前向きな気持ちを忘れず、何歳になっても挑戦し続けられる大人になりたいと思います。貴重なお話をありがとうございました。(大田)


「作品のなかで自分はなくてはならない存在なのだと自覚することで輝く」という言葉が印象的でした。ご自身の経験を活かし、信念を持ってご指導に当たられている姿勢が素敵で、アーティスティックスイミングの魅力に心を動かされました。貴重なお話をありがとうございました。(岸)


小谷さんのお話からは、自分を表現することの喜びや、誰かの心に届く演技を目指す姿勢が伝わってきました。

技を磨くだけでなく、その人らしさを大切にしながら向き合うアーティスティックスイミングの魅力に、あらためて心を動かされました。教える立場になってからも、生徒の方々の個性を見つけて広げていく姿勢が印象的で、「伝わる」演技の価値に気づかされました。

また、小谷さんのこれまでのご経験を活かし、周囲に還元し前向きに日々競技に向き合われている姿勢にも強く心を打たれました。(田村)


この度は、貴重なお話をしていただき、ありがとうございました。小谷さんのアーティスティックスイミング(シンクロナイズドスイミング)人生の中で、その瞬間に感じられていたこと、考えていらっしゃったことがとても伝わり、自分自身もできることを考え、前向きに頑張る力をつけたいと感じることができました。また、小谷さんが経験を積まれてきたからこそ、アーティスティックスイミングや多くの人に影響を与えられているんだと思いました。(藤原)

 
 
 

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