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  • 執筆者の写真ゼミ 横山

『エンピツ戦記 誰も知らなかったスタジオジブリ』書評


大畑凜


はじめに


私は卒業論文の執筆に向けて、スタジオジブリにおけるアニメーション技術についての研究をしています。スタジオジブリは、『魔女の宅急便』や『千と千尋の神隠し』、『ハウルの動く城』など多くの名作を世に送り出してきたアニメーションスタジオです。作品ごとに作り込まれた世界観と美しい映像を生み出すスタジオジブリ独自のアニメーションは、見る人の目を楽しませます。本記事では、スタジオジブリのアニメーターとして裏方に徹した著者・舘野仁美氏による回顧録『エンピツ戦記 誰も知らなかったスタジオジブリ』(中央公輸新社、2015)を紹介します。




アニメーター


本書によると、アニメーターの仕事は、大きく「原画」と「動画」に分けられます。原画とは、動作のポイント、基本になる絵のことです。その原画をもとに、動画マンは「中割り」という原画と原画の間に入る絵を描きます。監督や原画マンがつくったタイムシート(動画を何枚描くかを指示したもの)に基づき、原画のニュアンスを保ちつつ、整った線で動画を書くのが動画マンの仕事です。また、著者である舘野氏がスタジオジブリで担当していた動画チェックは、動画の仕上がりをチェックし、よくないところがあれば直す仕事です。映画の最後に流れるクレジットでは「動画検査」と表記され、動画の品質を管理する役割を担っています。



創作の秘密


宮崎駿作品の醍醐味といえば、『魔女の宅急便』や『風立ちぬ』など多くの作品で登場する飛行シーンでしょう。宮崎駿は飛行機に対して、格別な思い入れがあることはよく知られていますが、本書によると、鳥の飛び方へのこだわりも人一倍強いそうです。


『魔女の宅急便』の制作中に、研究心旺盛で、特に動物や植物の描写に定評のあるアニメーター二木真希子が担当していた雁の群れの描写に対して「どうしてこんなふうに描いたんだ!!前に俺が言っただろう、鳥の飛び方はこうじゃないって!!」と捲し立てたことがあったそうです。二木は鳥の生態に詳しく、研究した上で成果を表現しましたが、なぜ宮崎駿は気に入らなかったのでしょうか。それは、宮崎駿は自身の理想の飛び方を要求する人であるからです。宮崎駿作品は次のような信念をもとにつくられています。

 

写真やビデオを見て描くような、そんな浅いところで済ませてはダメなのです。ふだんから、人間の動きはもちろんのこと、植物や動物、波や風、火、あらゆる自然現象、森羅万象に興味をもって観察して、記憶して、いつでもその動きを表現できるようになっているのがアニメーターなのだ。(54頁)

 

私は本書から、宮崎駿は、ただ現実をそのまま描くのではなく、さらにその奥に存在する「リアル」を探求しているということを知りました。宮崎駿の「リアル」を描くことに対するこだわりは、スタジオジブリ独自のアニメーションに必要不可欠な要素であると考えられます。



宮崎駿からの教え


本書によると、宮崎駿はスタッフに、「ふだんから、目にするものをよく見ておくように」と言い、ロケハンに行った時も、つい写真を撮って記録することに必死だったスタッフに対して、カメラのレンズ越しではなく「自分の目で見ること」の大切さを伝えていたそうです。その時間、その場所の空気感、温度や湿度、手触り、光の当たり方で変わる微妙な色の変化などカメラで収めきれないことはたくさんあり、表現することが仕事であるアニメーターにとって、そういった体験の記憶は貴重な財産になります。舘野氏は次のように語っています。

 

すでにあるアニメーション作品を参考にするのではなく、現実の世界にある実物をよく観察すること。ふだん目にしている身近なものの中に、アニメーションの素材はたくさん眠っているのです。(57頁)


我々の周囲にはアニメーションを制作する上で必要な素材が多く存在します。アニメーション技術の習得というと、既存のアニメーション作品を参考にするのかと思いがちですが、ジブリではそれよりも実物の観察が重視されているようです。カメラでは収めることができないその瞬間の空気感や僅かな変化を表現するには、自身が目にした現実の世界に存在する実物を観察することが最も重要であるという考え方なのです。



師匠と弟子の関係


本書によると、プロデューサーの鈴木敏夫は宮崎駿のことを「人のエネルギーを自分のエネルギーにする天才」と言っているそうです。宮崎駿にとって高畑勲は師匠であり、ライバルでもあり、高畑勲のハイレベルな要求に応えて献身的に働きながら、その一方で高畑勲の演出術やものの見方、考え方、知識などを貪欲に吸収し、自身を鍛えていったのです。そのため、宮崎駿は自分の若い頃を思い出させるような才能あふれる若者を求めているそうです。そうしたひとり、アニメーターである庵野秀明は「宮さんにとって、あらゆるスタッフはみんな下駄だからね」と語っていたそうです(163頁)。

 

こうした師弟関係は驚きでした。師匠と弟子が互いに自身に必要な才能を吸収し、切磋琢磨し合いながらバランスを取り合う関係とでも言えるでしょうか。また、宮崎駿には、相互にエネルギーを分け与え、師匠に履き潰されない才気煥発なアニメーターの弟子がふさわしいのでしょう。



最後に


本記事では、『エンピツ戦記 誰も知らなかったスタジオジブリ』(中央公輸新社、2015)で述べられている、スタジオジブリにおけるアニメーションを制作する上で重要な信念や宮崎駿からの教え、師弟関係について紹介しました。宮崎駿は既存の写真や動画、アニメーション作品を参考にするのではなく、現実の世界に存在している人や動物、自然などに興味を持って観察し、自身の目で見た現実の向こうにある「リアル」を探求し、表現することこそが重要であるという考えのもとアニメーションを制作しているということがわかりました。今後は作品や作画資料の分析などを通して、さらにスタジオジブリにおけるアニメーション技術について研究していきたいです。

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