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キャラクターに命を吹き込む

  • 執筆者の写真: ゼミ 横山
    ゼミ 横山
  • 2024年5月15日
  • 読了時間: 5分

文献紹介『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか』

大田夏希

はじめに

私は卒業論文執筆に向けて、ディズニー映画、中でもリップシンクと多言語への吹替えに焦点を当てて卒業研究を進めようと考えている。そこでこの記事では、2013 年に新潮社から発行され、ことばと身体動作の時間構造などを研究する細馬宏道氏により執筆された『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか』を読み、ディズニー映画のリップシンクの魅力を紹介したい。



名作『蒸気船ウィリー』

今や世界中で人気を誇る名作を次々と生み出しているディズニーアニメーションだが、その中でも1929 年公開の『蒸気船ウィリー』はディズニー初のサウンドアニメーションで、 世界初のトーキーアニメーションとも言われる傑作である。アニメーションに音をつけるというこれまでやってこなかった全く新しい取り組みは、サウンドフィルムの可能性を大きくした。


現在ではディズニー映画のオープニングでも使用されており、誰もが一度はミッキーが口笛を吹きながら船を操縦する姿を見たことがあるのではないだろうか。しかし、その内容はたった7分間の単純な音楽劇である。楽しそうに貨物船を操縦しているミッキーマウスと、それを怒る船長のピート。港で家畜を乗せるとき、ミニーが持っていた楽譜と楽器を羊に食べられてしまう。羊は生きたオルゴールと化し、ミッキーはあらゆるものや動物で音楽を奏で始める。


本書が指摘するように、現代では映像と音がリンクしているのは当たり前であり、当時は誰もが感動したこの作品も、現代人からすると「退屈」という感想に至ってしまう(173 頁)。私も実際に7分間視聴してみて、ストーリーに工夫があるわけでもなければ、ミッキーは乱暴に描かれており、これが傑作と言われる理由が最初は正直理解しがたいと感じてしまったのは事実だ。


ミッキーの呼吸

それではこの作品の魅力はどこにあるのだろうか。細馬氏は、私たちが注目すべきなのは「筋書きよりも、そこでどんな風に音が鳴っているか」であると述べる(171 頁)。 この作品は、ミッキーマウスという国民的キャラクターが「一番最初に音声を発する瞬間」なのである。絵がひとりでに動くということが人々を驚かせたアニメーションの始まりから考えると、絵の中のキャラクターが愉快に口笛を吹くという事実が、この時代の人々にとっては大きな衝撃であったことは間違いないだろう。


本書のタイトルにもなっている、ミッキーの口笛は、口の動きが特徴的である。ミッキーの口笛は随分と大袈裟とも思えるほど頬を膨らませ、口をすぼめ、大きく口を開閉して呼吸をする。それは「たった二本の線の広がりと狭まり」で表現されており、そのタイミングが流れてくる口笛のフレーズと合っているというだけで、ミッキーの口から発する音なのだと細馬氏は指摘する。また氏によれば、ここで行われているリップシンクは口の動きだけではなく、輪郭や足腰の動きによっても、ミッキーの 呼吸をよりリアルに表現しているのである。つまり、『蒸気船ウィリー』では、ミッキーがキャラクターとして命が吹き込まれた瞬間、そして「音を出す口を持つ身体」の誕生だったのであり、それがこの作品の最大の魅力であるというのである。


リップシンク

『蒸気船ウィリー』は声を出す身体を表現し人気を博したが、この作品でキャラクターから発せられるのは口笛や笑い声などであり、言葉を話す複雑な口の動きではなかった。本書によれば、1933年の『三匹の子ぶた』で口と声の同期が初めて成功した。同じ見た目の三匹は、動きだけでなく歌によって異なるキャラクターが立ち現れてくる。「口と声、身体と音楽が結びつくことによって、キャラクターの性格はよりはっきりと描き分けられ、キャラクター同士の関係を、ことばや歌のやりとりによって描けるようになった」(318 頁)と細馬氏がいうように、キャラクターが言葉を発することは、当然そのキャラクターの個性を引き立てている。その後、1937年の『白雪姫』から始まったキャラクター同士が歌い、声を交わす表現は、声を発することのできる身体がキャラクターとして意思を持ち、そして他者と関係を構築する表現を可能にし、それはディズニー映画に限らずアニメーション作品において大きな革命となった。



最後に

ディズニー映画はその後もキャラクターがよりリアルに言葉を発するだけでなく、多言語に吹替えされてもリップシンクが成り立っていることが映画を見ていて感じ取れる。最近では 2013 年の『アナと雪の女王』の主題歌『Let It Go』が25か国語に吹替されたことが話題となった。CGを使ったよりリアルな映像と、その口の動きの自然さは、吹替えによってアフレコされた声ではなくエルサ本人が発する言葉そのものと錯覚してしまう。どのようにして多言語にも対応できるリップシンクを行っているのか、まだまだ研究の余地はたくさんある。一方で1929年から始まったウォルト・ディズニーの映像の音と動きの同期は、動きと音、言葉、多言語への翻訳技術と、さらに進化を続けるのだろう。


本書を読むことによって、今でもただ口だけを動かすアニメーション作品も存在する中で、ディズニーは昔から全身の動きにこだわってきたからこそ、人々の心を動かし、愛されるキャラクターと作品を生み出してきたのだと改めて実感することができた。 


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