フィギュアスケートの採点方法の変遷に伴う日本の変化と対応
- ゼミ 横山

- 2022年5月24日
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芸術スポーツにおける相対評価と絶対評価
岩崎ゆう
この記事では、私が卒論でおこなった研究を紹介します。
研究の概要
現在のフィギュアスケートの採点はISUジャッジングシステムという採点法が使われています。これは、各エレメンツの難しさのレベルと出来映えで評価される技術点と、スケーティングスキルや音楽に合っているかなど芸術面で判断される演技構成点の2つの点数を合せた物が合計点となります。しかし、2002年までは6.0システムという別の採点法が使用されていました。これは、審判が技術点と芸術点をそれぞれ0.1点刻みで6点満点で採点し、最終順位は各審判が出す順位を得点化した順位点で競われる相対評価方式の採点法です。それに対し、現在のISUジャッジングシステムは絶対評価がメインの採点法となっています。私は卒業論文において、この相対評価から絶対評価へ採点法が変わったことによるフィギュアスケート界の変化について研究しました。
採点法が変わったことにより日本はどのような対応をとったのか、そして指導法に影響があったのか。卒論では、こうした問題を解き明かそうとしました。従来のフィギュアスケートの採点に関する研究では、客観的な変化は明らかにされていますが現場の人たちが採点システムの変更をどう捉えたのかは解明されていません。当時の状況や現場の人の心境を明らかにすることで、また新たな視点からフィギュアスケート及び芸術スポーツについて考察することができ、大きな意義があると考えます。
研究にあたって、新採点システムに切り替わった2000年代前半のフィギュアスケート雑誌や文献資料、インタビュー記事を分析しました。また、当時指導に携わっていた方にインタビューをおこないました。こうした作業を通じて、様々な立場でそれぞれ大きな変化があったことを解明することができました。選手には演技に対する大きな心境の変化があり、連盟もセミナーや合宿を開催するなど試行錯誤しながら対策を練ったことが分かりました。ジャッジは新たな役割も増え、絶対評価になったことにより点数はつけやすくなったと考えられます。しかし、ジャッジの声から新採点システムは完全な絶対評価になりきれていないことが明らかになりました。また、指導者の声からは、新たな指導法も試みつつも基礎を大事にする指導は変わらないことが分かりました。
論文の紹介
以下では、研究成果の一端を紹介するために、第4章を要約してお示しします。第4章は指導者にフォーカスを当てて、新採点システムについて論じました。
指導者が考える新採点移行
日本の指導者は新採点移行をどのように受け止めたのでしょうか。当時最前線で現場で携わっていた指導者は、新採点システムの利点と欠点を冷静に導き出していました。利点としては技が成功した選手が順当に評価されることなどがあげられます。スポーツであるからには失敗したらしっかりマイナスをつけ、成功した選手は点数をあげる、旧採点は大雑把であったためその部分が曖昧になっていた。欠点としてはフィギュアスケートにおいて重要な「表現」の部分がぶれるということがあげられました。
でも僕はよく、新採点システムについてコスチュームを例えにするんですよ。かつて僕の教えていたスイスのルシンダ・ルーが、トーラー・クランストンのデザインでコスチュームを作ったんです。芥子の花が一輪だけ、胸にぽっと咲いている、そういうデザインの衣装。(中略)その一輪の赤い花に対して、僕はずっと、生涯忘れられないくらい強烈な印象を持っているわけです。だけど今の採点方法で行くと、「まず芥子一輪ね、あと、何があるの?」って言われちゃう。(中略)こうなると、もうどうやっても芥子一輪じゃ、勝てない。でも、人の心をぐっとつかむには、いろいろな飾りが多ければ多いほどいい、なんてことは絶対ないでしょう?(佐藤信夫『君なら翔べる!世界を魅了するトップスケーターたちの素顔』、 双葉社、2005年、223-224頁)
確かに1つのポジションでも綺麗に長く魅せることで観ている者の心に響かせることができます。誰もが知っている荒川静香選手のトリノ五輪のときのイナバウアーも、実は直接は点数に繋がりません。しかし多くの人々の心に残るものとなりました。このように欠点もあげつつも、指導者は決まったルールに従うというスタンスを取り、柔軟に対応をしました。
指導法の変化
新採点システムへの移行は指導者にどのような影響をもたらしたのでしょうか。具体的な行動としては日本スケート連盟主催のジャッジ向けのルール講習会に参加をするなど、勉強をする指導者が多かったようです。新採点システムはたった1つのルール項目を見落としただけで大きく点数が変わってしまったり、場合によっては無得点になってしまうこともあります。そのためルールについて学ぶことは指導者によって必須でした。
指導の変化としては大きく2つあげられます。1つ目はジャンプのエッジの判定が厳しくなったり、ステップにおいて正しいカーブでないとレベルが取れないなど、求められることが複雑化したため、より多くのことを選手にさせなくてはいけなくなったことです。旧採点時代はそこまで厳しいことは求められませんでした。トレーニングも様々なことを求めるようになりました。例えば上体を反らせるレイバックスピンにおいて、柔軟度の高いポジションを多く取らないとレベルが取れません。そのため、柔軟のトレーニングをするよう指導するなど足りない部分を強化する指導になりました(樋口豊氏インタビュー)。
2つ目はエレメンツを確実に実施する指導に変わったことです。繋ぎの部分も評価の対象になったり、転倒はもちろん回転不足も減点の対象になるため、演技全体の完成度が高得点獲得に必要になります(藤岡郁夫氏インタビュー)。このように技の完成度や複雑さを重視し、それに合わせて指導者も指導の方法を変えていたことが明らかになりました。
新採点システムの中で指導者が大切にするもの
新採点システムへの移行はフィギュアスケート界に大きな影響をもたらしましたが、変わらないものもあったということがインタビューや文献資料を通して分かりました。それは「基礎」です。
この基礎というのは主にエッジの使い方のことを指します。滑った後のトレースがぶれていたりすると綺麗に見えないだけではなく、減速の原因になったりスピンにおいても軸がぶれる原因となります。スピンやステップでポジションや動きを増やして難易度を上げるにしても、エッジがぶれていたら軸が取れず綺麗にできません。
正しい位置にのることがフィギュアスケートにおける基本であり、複数の指導者やジャッジが口をそろえて発したことです。旧採点の時代も新採点の時代においても変わらないもの、それは正しいエッジにのることでした。
最後に——卒論に取り組んで
最初はいくら興味のあるテーマだとしても2万字も果たして書けるのか、不安でした。自分が卒論を書き上げている姿の想像がつきませんでした。しかし過去の雑誌記事を探したりインタビューをしたりしていくうちに、多くの発見や疑問が出始め、次第に自分の中で考えがまとまっていくのが分かりました。
卒業論文というと、学術的なもので、自分とは直接縁のないようなテーマで書くイメージがありました。しかし私はフィギュアスケートという自身が直接関わっているものをテーマにしました。プライベートだけではなく学業でもフィギュアスケートを扱うことに対して、もっと別のテーマにして新しいことを学んだ方がいいのではないかと思った時期もありました。しかし、自分が現役の選手であるからこそ、深い考察ができたり一般の人はなかなかできない方にインタビューができたりしました。
私の研究対象はフィギュアスケートという一スポーツでしたが、それを深く研究することで、スポーツを超えて万事に通用するような発見ができたように思います。何事も深く探求することには大きな意義があることだと学びました。たとえ発見ができなかったとしても、その探求した過程もかけがえのない学びとなります。卒業論文を書き上げたこの経験は、今後社会に出てもきっと役立っていくと信じています。

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