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文献紹介 『スポーツマンガの身体』

  • 執筆者の写真: ゼミ 横山
    ゼミ 横山
  • 1月14日
  • 読了時間: 4分

岸優希



はじめに


 私は「する」「見る」の両面からスポーツに触れる中で、スポーツマンガの身体表現に惹かれてきました。二次元の絵でありながら、その迫力や質感が伝わってくるのはなぜなのか、読者の身体はどのように作品世界と繋がるのか、今回の記事では、齋藤孝氏の『スポーツマンガの身体』を手がかりに、マンガならではの身体表現の特性を整理していきます。



著者が捉えるスポーツマンガの魅力


 著者はスポーツマンガの身体表現について、「内的な身体感覚が、一つの具体的な絵として提示されるのだ。読み手である私は、そこに自分の感覚を重ねて、自分のスポーツ体験を呼び起こしながら、絵の中に潜り込んでいくのである」と述べています(p.9)。

 スポーツマンガの面白さは、登場人物の感覚が絵として提示されること、またそれが読者の身体感覚を呼び起こす装置になっていることであるという整理です。絵に詰め込まれた登場人物の感覚が、私たちを物語へと引き込むのです。では具体的にどのような表現の工夫があるのでしょうか。以降では、著者が井上作品をどう読んでいるのかを追いながら、作品の特性に迫っていきます。



『スラムダンク』─読者を引き込む言語と視覚の表現


 『スラムダンク』は、井上雄彦による高校バスケットボールを題材にしたマンガです。1990年から1996年にかけて『週刊少年ジャンプ』に連載されました。主人公・桜木花道が、未経験ながらバスケットボールに挑戦し、仲間とともに成長していく姿を描いています。迫力ある試合描写や個性豊かなキャラクター、青春ドラマが多くの読者の心をつかみ、日本のスポーツ漫画を代表する作品となっています。


 著者は本作をリアリティに溢れた作品だと分析し、その要因として言語表現と身体感覚の描写の2つを挙げています。第一に、レイアップシュートを「置いてくる」という表現です。初心者にとって、「シュートを入れる」という言葉とは全く違った身体感覚を呼び起こし、技術の習得に導いているのだと分析しています(p. 80)。感覚の形成過程を共にすることで、技の獲得を自分のこととして追体験するのです。登場人物の感覚をなぞるようにして作品世界に入り込むのだと納得しました。

 第二に、「桜木ビジョン」という狭い視野の描写です。緊張で狭まった桜木の視界を読者に描いて見せています。外側からの描写だけでなくプレーする当人の見える世界を描くことで、身体感覚が表現されリアリティがでているのだと著者は評価します(pp. 80~81)。プレーの上手さだけではなく、うまくいかない経験の共有こそ、読者の共感を呼ぶ仕掛けなのだと感じました。

 主人公と読者の身体感覚がリンクし、新たな感覚の形成過程に寄り添うことで、読者は作品に没入していくのでしょう。これらの言語表現と身体感覚の描写が『スラムダンク』をリアリティ溢れる完成度の高いスポーツマンガとしているのだと思います。



『バガボンド』─身体の荒々しさと「肚」の表現


 『バガボンド』は、井上雄彦による歴史漫画で、吉川英治の小説『宮本武蔵』を原作に、剣豪・宮本武蔵の生涯を描いています。1998年から『モーニング』で連載されました。緻密な作画と哲学的なテーマで高く評価されています。戦いを通じて「強さ」とは何かを問い続ける武蔵の姿を通して、人間の成長や内面の葛藤を描いた作品であり、アクションと精神性を融合させた独自の世界観を持っています。


 『バガボンド』は、剣術を描く歴史マンガであり、狭義のスポーツマンガとは言いにくい作品です。しかし著者は、本作の立ち合いを「スポーツのようなクリーンな戦い」であり、周囲が介入せず「ゲーム」として成立している点を強調しています(p.120)。この指摘を踏まえ、競技の種類ではなく、上達や身体感覚が描かれる点が、『バガボンド』の「スポーツマンガ性」なのだと理解できます。

 著者は身体という観点から3つの特徴を挙げています。第一に、嗅覚への刺激です。この「最も原始的な感覚」を描くことは、身体の持つ「野生的な魅力」を描くことにつながると述べています(p. 112)。第二に、「肚」という身体文化の回復です。「肚」とは臍下に意識を置き、動じない心身のあり方をつくる技法です。齋藤は、重心の高い身体が良いとされる現代で、忘れられつつある身体観を呼び戻していると指摘します(p. 128)。二次元の画面から読者の感覚を直接刺激する詳細な描写が、作品世界に引き込む仕掛けなのだ分かります。



最後に


 著者の分析を通じて、井上雄彦作品では言葉・視界・匂い・肚といった要素が、登場人物の身体感覚を絵として提示し、読者側の感覚まで呼び起こすのだということが見えてきました。今回の読書体験を通じて、作品に引き込まれるという曖昧な感覚の招待を理解する手がかりを得ることができました。我々の身体感覚が作品の身体へ接続されている時こそ我々が作品に引き込まれている状態なのだと思います。読者の身体感覚と作品世界がどう繋がっているのか、今後も探求を深めていきたいです。



参考文献

齋藤孝 2003 『スポーツマンガの身体』 文藝春秋

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