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  • 執筆者の写真ゼミ 横山

江戸切子の伝統を繋ぐ

更新日:4月23日



華硝とその未来について

藏田篤、鈴木里夏、千徳小夏、大畑凜、秋山優真


私たちのグループでは「江戸切子の店華硝」の3代目社長である熊倉隆行さんにインタビューを行いました。

華硝さんは、江戸切子の伝統を守りながらも「米つなぎ」などの新たな文様を生み出し続けています。2008年の洞爺湖サミットでは米つなぎのワイングラスが贈呈品として用いられ、日本の伝統工芸品として注目を集めました。さらに、有田焼とのコラボレーションを行ったり、技術者の養成や技術継承のために日本初となる江戸切子スクールを開業したりするなど、伝統を守りながらも新たな方法を取り入れ文化を守っていこうという動きを活発に行っておられます。現在では国内に向けてだけではなく、海外展覧会など世界にも視野を広げて活動を展開されています。

今回のインタビューでは江戸切子の技術や伝承、今後についてお話を伺いました。



熊倉 隆行さん


(江戸切子の店華硝 ホームページより)


米つなぎのワイングラス

(江戸切子の店華硝 ホームページより)



技術


──作品を製作していく際に、まずプランを練ってそれをもとに製作していくのか、作っていくなかで試行錯誤しながら作品を完成させていくのか、どちらの方法で製作を行っているのでしょうか。


作品作りには大きく分けて二つのパターンがあります。一つはお客様から依頼をいただいて、そのテーマに沿った作品を作っていくというやり方です。この場合だとお客様から作品のイメージを聞いて、当社のホームページのなかから作品を提案していって、そのイメージを基に作品を作っていきます。


もう一つのやり方としては、要望とかは特になく自分で思った通りに作っていくという方法になります。こちらの方が難しくて、特に私の場合は事前に紙にラフを描いたりせずに、ガラスに直接ラフを描いていく方法でやっているので、一発勝負という感じになってしまうんですよね。もちろんこのやり方は、ある程度経験を積んできた今だからできるものだと思います。経験と勘という部分が大きいのかなと思います。


──1個を作るなかで試行錯誤していくというよりは、ある程度作品のビジョンが見えた状態で作り始めるということでしょうか? 


はい。「こう作っていけばこうなる」という結論が見えていることが多いです。ですから特に試作品を作るといったことはしていません。今までの経験のなかで組み合わせて、なるべくいい形にしていくという風に作っています。


──彫っていくなかで、今まで作品を作ってきた経験が活かされているということですね。


言語化するのが非常に難しいんですけど、作品作りのほとんどが経験によるものなのかなと思います。あとはそのときの気分とかも関係して、作品になっていくのかなと思います。伝統工芸って聞くと、型があらかじめ決まっているというイメージがあるかもしれないんですけど、割と自由度が高いので、アートの一種としてとらえてもらうといいかなと思います。


──江戸切子のデザインをする際にヒンドゥー文字などのモチーフをデザインに落とし込んでいるという記事を読ませていただいたのですが、どのように目にしたものをデザインのなかに落とし込んでいくのでしょうか。


簡単に言うと、まず外を歩いていたりしているときに、いろんな形を目にしてそれを頭のなかにどんどんインプットしていくんです。そのなかで頭のなかに残ったものが、作品を製作していくなかでアウトプットという形で出てくるかどうか。ですから、特に何かモチーフを決めてそれに合わせて作品を作るということはほとんどありませんね。作品が完成した後に考えてみればそういったモチーフが含まれていたと感じることがあります。


──自分でも意外なところからアイディアをもらっていたと感じることもあるのですか?


あります。例えば、書道の作品を展覧会で見たときに、はらいの部分のラインがきれいだなと思ったものが、自分が作った作品のなかに形として入っていたなというようなときがありました。意図して作品のなかに入れるのではなくて、そのときのインスピレーションで得た情報をどのように組み合わせることができるかということが重要だと思います。


──製作工程のなかで最も難しい部分について教えていただけますか。また、その技を習得するまでの苦労についてもお聞かせください。


製作工程で一番難しいのは、同じものを同じように作れるかどうかっていうことですかね。一点作るってすごく簡単なんですよ。やり直さなくていいし、そのときの条件に合わせるだけなので。例えば、同じものを10個作ってくれって言われたら、10個を同じ動きで作らなければいけないっていうことなんですね。反復性って言うんですかね。それが一番難しい部分ですかね。ちょっとでも違っちゃったものを10個のなかで1個でも作っちゃったら、それはプロとしてはダメなんですよ。同じものを同じように作れるのが、要するに職人っていうものの定義なんですよね。そこを習得するのが一番難しい部分かなと思います。


それを習得するまでの苦労についてはですね。多分パワハラと言われてしまうので、今はそういうことは一切ないんですけど、20年前はひたすら同じカットを延々とやらされ続けていました。だいたいこれでやめちゃう人が多いんです。それを習得することができるのは、結局その仕事が好きかどうかだと思うんです。これが一番だと思います。どの仕事もそうかもしれない。


給料が欲しいだけで仕事をするだけだったら、職種は何でもよいと思うんです。そうじゃなくて、うちの会社では非常に苦労するけどそれでも働くというなら、その仕事が好きじゃなきゃ多分できないと思うんですよね。好きだったら苦労もできるんです。嫌いだから苦労するのが嫌なんです。なので、一番大事なのはその仕事が好きだという心の部分だと思います。


伝承

──隆行さんがお父様から教わったことで印象に残っていることはありますか。


失敗してもいいということです。「失敗してもみんなでフォローするから」という言葉をもらったのをよく覚えています。自分一人で責任を取ると考えるのではなくて、みんなでやっていこうということですね。江戸切子は一発勝負の世界でもあるので、怒られたり厳しくされたりしていましたが、人ってのは丸くなるものですね。


──その「厳しい指導」というのもお父様からなのでしょうか?


そうです。父の前はうちの祖父が作っていたのですが、その祖父の指導法を踏襲したら本当に昭和のやり方なんですよ。ザ・昭和(笑)。それを引き継いで平成でもやっていたらうまくいかないんですよ。そういったことを父が分かっているのか分かっていないのかはいまだに分かりませんが、最近はそういう衝突はないので多分丸くなったんだと思います。


というか、あんまり教わった記憶がないんですよ。変な話なんだけど勝手に見よう見まねでやっていたりしたこともありますね。「見て覚えろ」というのは今色々と議論される点ではあるんですが、「観察する」ことの大切さを教わった気もします。言葉で言われたわけではないけれども、見たものを自分のなかにどう落とし込んでいけるかです。理解できなかったら落とし込むことは出来ない。分からなかったらそこを言語化して形にしていくという方法で学びました。うちの父はちょっと口下手なんで言葉ではあんまり言われてはいないのですが、僕は感じています。


──その場合、隆行さんが目で見ても分からなかったことについて、隆一さんに直接質問して教えてもらうようなことはあるのでしょうか?


そうですね。教えてくれますし、僕も聞かれても全部教えます。よく技術を隠すような世界もありますが、うちは違います。その職人さんがどれを学びたいかというのは自身で選んでもらう仕組みにしているので、割とオープンに全部の技術を若い職人さんに公開しています。今その「教え方」を踏襲してるって感じですかね。


自分でやってみせて、相手にさせてみて、というやりとりを繰り返して習得してもらうという方法で教えています。今は多分そういう時代なのかもしれません。見て覚えて勝手にやれっていうだけでは通じないんじゃないかな。「理論的にどうしてこうなるんですか」みたいに言う人も結構いますからね。そこら辺は変わってきた部分なんじゃないですかね。


ただ、そうやって指導法が変わっていくなかでもやっぱり大事にしたいのは「失敗することを恐れちゃいけない」ということ。それは常に伝えるようにしています。「失敗したくない」と思ってしまうと、怯えてしまうんですよね。そこを「失敗してもなんとかなるよ」という方向に持っていくということが大事だと思っています。


──職人の師弟が親子であることで、その技の伝承において良い点はどんなことがあるでしょうか。問題点ももしあれば教えていただきたいです。


職場に入るとどちらかというと師弟という感覚じゃなくて、普通の会社でいう上司と部下みたいな感覚なんですよ。師匠が絶対とかそういうのがないので、うちを師弟っていうのはちょっと違うような気もするんだけど、親子と考えると良いことはあまりないんじゃないかな。強いて言うなら、他の人にはものすごく柔らかく言うけど親子だとストレートに言われて傷つくとかが問題点ですね。今やっているなかで、技の伝承については親子だから良い悪いっていうのは無いと思っています。


良いこととして、質問しやすいっていうのはもしかしたらあるのかもしれません。そういう細かいことはあるのかもしれないけど、大きく見たときに良い悪いは無いですね。


──江戸切子の製作をする上でのやりがいはなんですか?


自分が教えて、教えられた人のレベルが上がったときが一番嬉しいです。僕らはリレー方式で、自分の技術を次の人に受け渡していくというやり方なので、それがしっかりできてるときにやりがいを感じます。例えば、自分が職場にいなくても、それができているから任せられる。こういうのが一番やりがいとしては嬉しいんですよね。 


今後

──今後の継承者に大事にしてほしいこと、一番最初に伝えたいことはありますか。


一つは、適当な仕事はしてほしくないってことです。先人が築いてきたものを自分の代で壊すわけにはいきません。その「繋いでいく」ってことを理解していてほしいです。つまり、現在の自分のことだけを考えるのではなくて、自分の次の代のことを意識する。そして自分には次の代がいる、継承者がいるってことを忘れないでいてほしいです。


──過去・現在・未来があって、過去があるから現在があり、未来がなくては現在もあり得ないということですね。


そういうことです。それ以外にも、ガラスって割れなければ半永久的に残る物質なので、自分の知らない所でも世界中に残ります。ですから、未来の自分が見て恥ずかしくないものを作ってくれって言います。”もの作り”として妥協するなということですね。


──江戸切子の伝統(過去)を保存していくために、今までもってきた意識や取り組み、考えていることはありますか。


伝統を残して伝えていくためには職人とお客さんをなくさないことが大事です。当然作る人がいなければこの産業はなくなってしまうので、この世界に入ってものを作っていきたいという人の確保は大事です。仕事として魅力を感じてもらうということですね。


お客さんに関しては、僕らの産業(伝統工芸)は文化的なものなので、生きるのに必須ではないですよね。衣食住の食に関わっている部分は若干ありますが。ですから、必要とされるには”何をしたくなるか”が大切です。お客さんが自分で使いたくなるとか、ギフトで使いたくなるとか、そういう風に思ってもらうことが一番大事です。


今はInstagramなどのSNSがあるので(*)、写真でものを見て「いいな」と思って「仕事にしてみたい」となったり「買ってみたいな」となる流れは、前よりは凄く身近になってきていると思います。もの作り自体も身近になっているんですかね。昔だったら江戸切子を一生知らないままの人もいたと思うので。現代のこうしたツールを使って、「伝統工芸は身近であって決して特別なものではない」と知ってもらうことを意識しています。

* 江戸切子の店 華硝Instagram @edokiriko_hanashyo https://www.instagram.com/edokiriko_hanashyo/?hl=ja


伝統工芸と言うと年寄っぽいイメージがあって、実際担い手の平均年齢も江戸切子の場合は50代と凄く高いです。僕は今44歳なので、一回り上の世代が一番多いわけです。その次は僕の40代で次が30代。僕より上の世代はこれまで通りのやり方で繋げてきていたとしても、その下の僕たちの代は、自分たちの産業を皆さんに身近に感じてもらわないとっていう意識が強くあります。そこで、国や都のアートプロジェクトに参加したり、アーティストと組んだり、海外のデザイナーと組んだり、その他にも地道なPRもしています。


伝統工芸って、これまではわりと日本のなかで収まってたものが、今むしろ海外にどんどん出ている状態なんです。国内ではそんなに認知されていないし、売れない。でも、海外に行ったら結構売れちゃう。それで国外にどんどんシフトしているのが伝統工芸の現状と言えるかもしれません。国内だけを意識するのではなく、海外にもいるガラスの好きな人を巻き込んでいくと、僕らの産業も残っていくという考え方もあるかなと思ってます。


その他

──江戸切子の職人というと、一人で作品を最後まで作り上げるというイメージが強いのですが、実際はどうなのでしょうか。


私たちの会社はチームプレイという色が強いかなと思います。一人で作り上げるイメージが強いというのは、実際にそういった会社が多く、メディアにもそのような会社が出演しているからかなと思います。


私たちの場合は会社のなかでさまざまな作業をローテーションしているので、複数の作業をできる人が多くいるんです。だから、失敗してしまってもカバーのしようがいくらでもあるんですよね。しかも、私たちの会社は穏やかな人が多いということもあって、そういったミスにも寛容で、失敗しても「みんなでフォローしようか」といった風になります。そういったところは強みになっているのかなと思います。


──他の工房とかと比べると、人数が多いというのはメリットなのですね。


そうですね。数のある注文とかもこなせますし、いろんな対応の幅が広いっていうのがうちの特徴になるかもしれないですね。


──数が多い注文は数人の職人さんで同じものをそれぞれ作るのでしょうか。それとも(フォードのベルトコンベア方式的に)工程ごとに分担して一緒につくるのでしょうか。


プラモデルを作るとき、一人で全部作ることもできるんですけど、パーツを切る人、ゲート処理をする人、組み立てをする人、塗装をする人みたいに作業を分担して一つのプラモデルを作ることもできますよね。そういう感覚で、作業を分担しています。作業の分担はデザインとかどんな作品を作るかによって変わるので、毎回同じように分担していくわけではなく、案件ごとにパートを作ったり、一人で作ったりと使い分けていくような方法で作品を作っています。



──職人と言うと住み込みで一緒に過ごして生活から学んでいくというイメージもありますが、今はもうそういうことは無いんでしょうかね。


地方とかだと住み込みもあると聞くんですけど、都内だと聞いたことないですね。昔はそういうこともあったみたいですけど、今ではほとんどなくて、みんなそれぞれに暮らしているという感じですね。以前は、呼び出されたりしたくないからと会社から離れたところに住む人も多かったんですけど、今はほとんど3キロ圏内に住んでいるという感じです。でも、私たちの会社自体そこまで厳しいわけではないので、絶対に呼ばれたら行くみたいなことはないですね。


──江戸切子で人を幸せにするというブランドメッセージを拝見しました。そこに込めた思いをお聞かせいただけますか。


江戸切子を作って、お客様に手に取っていただいて、幸せに感じていただくことが一番です。その幸せにもいろいろな形があると思います。価値が分かる方に「こんなに良いものをくれるんだ」と思っていただいたり、「これを家で毎日飲むと、なんか仕事終わったなって感じがするんですよね」とか言ってもらえたり。細かい受け止め方は人によって違うと思うんです。そういったなかで、それぞれが幸せに思ってくれればいいのかなと思って、こういったメッセージを掲げています。


──本日は貴重なお話をありがとうございました。



編集後記


鈴木里夏

目からインプットされたものがどのようにしてデザインに昇華されるのか、という説明の難しい部分についてもわかりやすくお話ししていただけて、職人さんの頭のなかを覗くことができたようでとても興味深かったです。伝統工芸のありかたも時代と共に変化していくのだということがよくわかりました。貴重なお時間をありがとうございました。


千徳小夏

インタビューをしていくうちに、昔と今では教え方がかなりかわってきていることが印象に残りました。伝統工芸品を作るなかで、技の伝承はそのまま受け継ぎながら人への教え方は時代に応じて変えていくということでした。未来に江戸切子を伝えようとしている思いがとても伝わりました。伝統工芸の世界に生きている方がどういう方なのかを知ることができて面白かったです。今回は貴重な時間をいただき本当にありがとうございました。


藏田篤

今回のインタビューでは抽象的な質問も多いなか、熊倉隆行さんには本当に沢山の貴重な話をお伺いすることが出来ました。私自身も東京都江東区出身で、江戸切子は生活の一部には入っていないまでも、小学生の頃から社会科見学で近くの工房に訪問したりと存在は知っていました。今回のインタビューで江戸切子の作り手側の思いや、未来に繋げていくための伝統工芸の担い手としての使命感のようなものを強く感じました。この記事が江戸切子というものをまだ知らない人にとって、まず知るという良いきっかけとなると嬉しいです。ありがとうございました。


秋山優真

この取材を行う前は、正直に言って伝統工芸の現場には昔のような厳しい考え方が残っているのかなと思いました。しかし、熊倉さんの話を聞き、互いにフォローしながらチームで一つのものを作り上げていくという、自分の先入観とは違った世界が広がっており、とても興味深く感じました。また、どのように江戸切子を未来につないでいくかということを強く考え、新たな取り組みも行っていらっしゃることを知ることができました。今回は貴重なお時間をいただきありがとうございました。


大畑凜

技を習得するまでの苦労に関する質問に対して、「この仕事が好きだから苦労することができる」とおっしゃったことが印象に残りました。熊倉さんは重要な技を、厳しい指導のもとで習得されたそうです。仕事が好きだからこそそうした厳しい指導も乗り越え、江戸切子の技を伝承できているということを理解しました。また、江戸切子の存在を身近に感じてもらうためにアートプロジェクトへの参加、アーティストや海外デザイナーとコラボするなど様々な取り組みを行なっているということを知り、江戸切子の魅力がさらに多くの人に届いて欲しいと感じました。今回は貴重な機会をいただき、ありがとうございました。




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