体操競技における芸術性
- ゼミ 横山
- 2024年7月16日
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論文紹介:山田まゆみ、井上麻智子、武藤伸司「体操競技女子ゆかにおける芸術性の考察」
水野姫花
はじめに
体操競技は採点競技であり、採点規則が存在します。採点は技の難易度を評価するDスコアと、実施の美しさを評価するEスコアの2つの軸について行われます。Dスコアについては各技の成功につきスコアが決められている加点方式のため、比較的わかりやすい採点です。一方減点方式であるEスコアには様々な要素が存在します。わかりやすいものとしては「つま先を伸ばす」「フラつかない」「器具から落下しない」等があげられます。それに加え演技には芸術性が求められ、Eスコアに反映されます。ではその芸術性とは一体どんなものであり、どのように評価されるのでしょうか。
本記事では、採点規則における芸術性の要素に着目しその傾向を分析した、山田まゆみ、井上麻智子、武藤伸司の論文「体操競技女子ゆかにおける芸術性の考察──規定演技の構成と採点規則から読み取り得る普遍的な美の要求について」(『東京女子体育大学・東京女子体育短期大学紀要』57号、2022年)の内容をを紹介します。
芸術性
本論文の面白い点は、選手の演技からではなく様々な年代の採点規則の文章を引用し、そこから芸術性についての解釈を広げていく点にあります。たとえば第3章で、採点規則において女子ゆかの演技が「芸術的ではない」とされるポイントと「芸術的である」とされるポイントを確認しています。
前者はa)停止、態度、姿勢について、b)音楽について、c)個性的な表現と魅了について、の3つの項目に分けられています。そして後者はa)独創性と人工的な表現について、b)盛り上がりについて、c)音楽について、d)リズムについて、e)振り付けについて、f)表現について、の6つの項目に分けられています。それをもとに第4章では、人物や大会名を具体的にあげ、過去の演技について分析を行っています。採点規則をもとに細かく分けられた項目ですが、その中でも音楽は様々な要素と関連し合っていて、重要性が高いと見受けられました。
音楽
女子のゆかは男女の全種目の中で唯一音楽を使い、男子のゆかには音楽は使用されません。その点について山田らは
女子ゆかという種目があえて他の種目と異なって音楽が用いられるのは、音楽を用いることで女性の優美さや雰囲気を強調するためのものでもあり、演技を芸術性のあるものとして昇華するためでもある。(7頁)
と述べています。1979年版から2009年版の採点規則には、それまでにあった音楽についての言及がなくなっていました。この約30年の期間は技の高度化が進みその追求がされる傾向にあったため、音楽による芸術性の重要度が低くなっていたと言います。2013年度版から新たに言及されるようになり、音楽により演技全体の完成度を高めるためのものである必要があるとされています。
音楽が演技の添え物程度の扱いであるならば、芸術性が損なわれ、他の種目や男子ゆかと同等の扱いになってしまいます。音楽を使用する唯一の女子ゆかにおいて演技の芸術性を表現するために音楽の理解は必須であるというのが、著者の主張です。
音楽と関わるその他の項目
先程も言及したように、音楽は特にほかの様々な項目と関連し合っているように見受けられました。1968年度版において「音楽が動きに適合しない」「演技の終わりと伴奏の終わりが一致しない」「演技間のリズムの欠如」は減点対象でした。選手の動きは音楽ありきで実施されますが、それ故に生み出されるリズムや振り付けとの調和、そして演技の盛り上がりに価値があることは明瞭です。
近年リズムに関する細かい言及はされていませんが、審判員や観客を魅了するのに必要不可欠だと言えます。またそれらは選手の個性の創出にも繋がります。個性的な表現も求められる芸術性の項目のひとつです。このように演技が「芸術的ではない」とされるポイントと「芸術的である」とされるポイントを項目に分けた場合にも、「音楽」「リズム」「個性」「表現」等のキーワードがどの項目にも度々登場しています。
山田らは高度な技を”こなす技術”と、選手の手腕で振り付けと融合する”魅せる技術”の延長線上に体操競技の求める「芸術性」があるとまとめています。過去には選手全員が同じ演技を行う規定演技というものが存在しました。全員同じ演技であるからこそかえって、音の使い方や身体の動かし方、表現の仕方、魅せ方が選手の「個性」として表出することで、それぞれが全く異なる印象を残します。これらの”魅せる技術”が、規定演技がなくなった今でも女子ゆかの芸術性を示しているのです。
最後に
本記事では、女子ゆかの演技における芸術性の要素についての山田らの考察を紹介しました。先程も述べたように4章では、過去の規定演技について様々な年代の選手をピックアップし、演技における芸術性を具体的に分析しています。オリンピックなどで体操競技をみるとき、多くの人は人間離れしたアクロバティックな瞬間に注目してしまうのではないでしょうか。しかしこの論文を読むことで、芸術性の観点を具体的に知ることができ、体操競技の新たな見方を獲得できるはずです。
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