top of page

危機の時代に日本舞踊を伝える

  • 執筆者の写真: ゼミ 横山
    ゼミ 横山
  • 2021年5月11日
  • 読了時間: 12分

更新日:2021年7月13日

宗家藤間流八世藤間勘十郎氏インタビュー


幸田明慧香・深作理那・加藤綾香


ree

(藤間勘十郎オフィシャルサイトより)


2020年9月26日、私たちは宗家藤間流赤坂稽古場を訪れて、八世宗家藤間勘十郎氏にインタビューをおこないました。


宗家藤間流は、日本舞踊の代表的な流派の一つです。江戸時代から歌舞伎の振付に携わっていたこともあり、その踊り方には歌舞伎との強い影響関係があります。その後、六世藤間勘十郎(1900–1990)が独自に生み出した手法が、今の宗家藤間流の踊りに影響を与えました。六世の手法と歌舞伎振付の手法の両方を偏ることなくこなさなければならないのが、宗家藤間流の大きな特徴です。


勘十郎氏は、2002年に22歳で八世を襲名、翌年に芸術選奨文部科学大臣賞新人賞を受賞されました。歌舞伎舞踊の振付、ニコニコ超歌舞伎などの舞台演出、素踊りなど多方面で活躍されています。


インタビューは、所作台(お舞台)の前のスペースで、談笑を交えながら終始朗らかな雰囲気のなかでおこなわれました。宗家藤間流における「わざの伝承」や、新型コロナウィルス感染拡大によって見直しが迫られた日本伝統芸能の伝承のあり方についてお伺いました。この記事を通して、勘十郎氏のコロナ禍での新たな取り組みや日本伝統芸能への変わらぬ想いを伝えることができたら幸いです。


ree

勘十郎氏の考える「伝承」


──まず、宗家藤間流における「わざの伝承」についてお伺いします。次世代への伝承の仕方が過去と現在で変化したことなどがあれば教えてください。


最初にあったものをそのままの形でずっと残していくことだけが伝承なのでしょうか。 全く同じものを伝承することはかなり難しいことです。例えば、同じ曲目でも私の祖父(六世宗家)は祖父なりの踊り方やそれに対する考えがあっただろうし、私の母(三世勘祖)は母なりのものがあります。


私は基本的に祖父や母の踊りを一通り学びます。そして自分が人に教えるときは祖父の踊り方、母の踊り方そして自分の踊り方の三通りを伝えるようにしています。そうすることで相手が自分に合う踊り方を選ぶことができます。そしてそこから新たにその人なりの踊りが生まれます。


私自身としては、祖父の踊りを残していくことは大切なことですが、役柄や歌詞、振付の意味などの基本的なことを伝えたうえで、今の時代に一番にあった演出やベストな方法を取り入れるようにしています。


──過去に外国の方にも日本舞踊のお稽古をしたことがあるそうですが(注)、日本舞踊を海外の方に教えるときと日本人にお稽古するときで、教え方や伝え方にどのような違いがありますか。


ree

(国際交流基金ウェブサイトより)


外国の方に日本舞踊を教える際は、分かりやすい表現に努めます。振りの左右を指示する時、最初は分かっていなくとも指導していくうちに左右が分かるようになり、上手下手と指示表現を変えていったりしてできることを増やしていく。ですが最終的には見様見真似が一番です。


フランスの演出家に日本舞踊を踊ってみせて真似てもらったら、とてもうまかったですね。それから、優れた音感を持つインドの方がいたのですが、難易度の高い歌を一週間もしないうちに聞きながら覚え、なんでもないように歌っていました。日本人以上に、五感で芸をつかむのがうまい人はいますね。


コロナ禍における日本舞踊界


──新型コロナウイルスの感染拡大によって日本伝統芸能世界でも劇場の閉鎖やお稽古の延期という状況が続いたと思います。日本舞踊界にはどのような影響をもたらしましたか。


コロナウイルスとは永遠にお付き合いしなければならないと思っています。そのために公演の打ち方を考えなければならなくなりましたが、実は表舞台ではなく裏の楽屋周りに頭を抱えています。客席は減らすことができますが、裏で支える人数は減らしようがないのが現状です。


──コロナ禍における新しい試みとして何か新しい試みをされましたか?


私はすぐにYouTubeを始めました(宗家藤間流藤間勘十郎YouTubeチャンネル)。実はずっとやりたかったことだったので。


ree

(宗家藤間流藤間勘十郎YouTubeチャンネル)


踊りの流派にとって振りは財産ですから、踊りを残す公開資料のようなものとして始めました。ただ、私たちの財産を公開することになるのでそれを勝手に持っていかれることになるという懸念があって、流儀内での議題に上がっています。しかし今この状況でそんなことを言うのは時代遅れであると私は思います。


今、配信は当たり前の時代です。たしかに、フリーで見られて、芸を盗まれてもいいのかという心配はあります。でもどんなに映像を見ても盗まれない部分が絶対あります。それが伝承という部分にも繋がってきます。そこは映像では絶対に見抜けまん。だから積極的に映像配信を始め、解説を加えて教わったことを惜しみなく話します。配信を見ていくうちに生も見たくなるという興味のきっかけになって、この世界がもっと盛り上がればいいという思いからです。こうして配信という形でも仕事を続けていけるので、今思えばコロナ禍が起きたのが、こういう技術の発達した時代でよかったと感じます。


──コロナウイルスの蔓延をきっかけに、舞台芸術やライブ・エンタテインメントの世界では、無観客での動画配信が普及しています。本来観客の目の前で公演される舞台作品を撮影して配信することになるわけですが、どうお考えですか?


公演というのは、特別です。お客様が入ることによって自分の気持ちが高まり、今まで自分が見たことのないような力を発揮できることがあるんです。では、お客様がいなければ素晴らしい公演ができないかといえば、それは違います。自分の実力をどんな状況でも発揮しないといけません。お客様が入っているのを見て自分の思いもよらない力が発揮されるという奇跡は、実力ではありませんから。


昔はお客様が思うように入らないこともざらにありました。そのような時も、オンライン での無観客配信でお客様が近くにいないのも、同じです。いずれにしても、目の前にお客さまがいないからといって適当にこなしていいはずがないんです。


自分の本当の実力が見えるという意味では、オンライン配信は怖いですね。 しかし、見てくれたお客様が10人新しいお客さまを呼んでくれるかもしれません。それが100人になって1000人になるかもしれない。オンライン配信ということは盛り上がりがないわけだから、この数をどれだけ増やせるか、その人の力量が試されています。


ree

型を説明される勘十郎先生(1)

──コロナウイルスが終息したとしても、オンラインでのお稽古や動画配信は続いていくと思いますか。それとも、今だけの一時的なものに留まるのでしょうか。


今やり始めている人は最後まで続けていく必要があると思っています。「このご時世でその場凌ぎで始めてみたけれどうまくいかないから辞めました」では、時間を費やして新しいことに挑戦した意味がなくなってしまいます。


オンライン稽古に関しては、どこまでこの状況が続くのかわからないですし、今やることが正解か不正解か不明瞭なので、私はやっていません。オンラインでの稽古を行っている方もいらっしゃいますが、それを否定するつもりはありません。ただ、やり始めたのならそれをとことん突き詰めていく必要があると思います。

──対面のお稽古でないと伝えられないこととは、なんでしょうか。


正直、踊りの技術の指導に関しては、必ずしも対面でなければ伝わらない、ということはないと思っています。でも師弟関係において特別なことは時間を共有することです。


たとえば、今この記事を読んでいる人は記事に書かれていることしか分かりません。だけどあなたたちは、記事にはならないけど面白いと感じたことや、ここで起こったことがどういうものであったのかを実感している。それって対面だからこそですよね。


──はい。

後になって色んな人と話していると、亡くなったお三味線の師匠たちが、お稽古前後の雑談で自分にだけ話してくれていた貴重なお話がたくさんあったことを知って、自分は師匠と特別な時間を過ごしていたのだなと感じました。


繰り返しますが、踊りの指導だけなら対面でなくてもできてしまいます。ですが、こうし て時間を共有することが対面の素晴らしさですよね。これは師弟関係のみならず舞台の制作にもいえます。みんなと同じ空間で協力して舞台を創りあげた時間は、誰かにとってかけがえのない宝物になることもあるんです。


ree


舞踊が持つ力


──あるインタビュー記事(注)の中で、言葉にしたら10ページ分の台本になるような内容も、踊りにすることで人を納得させることができる、舞踊にはそういう力があるというお話をされていて印象的でした。他にも舞踊が持つ力や可能性についてお考えがありましたら教えてください。

色々あると思います。がんが治ったと言う人もいますし(笑)。

そもそも舞踊の力の始まりは、天照大神からきているとされています。だからといって、私がスピリチュアルなものが好きということではないです。この神話の大事なところは、そういうことではなくて、踊りはワクワクすること、非日常世界に入れる力を持っているということだと思います。


エンタテインメントには、嫌なことを忘れてほしいという願いがあります。嫌なことは忘 れてほしいし泣きたいときにたくさん泣いてほしい。演者自身もそうで、踊りに今その時の感情やその人の持っているものが全て出ます。そうやってその場で自然になにかが発露することこそが、生身の人間がやる面白さだと思っています。ですから、お客様が舞台にいらしてくださった時に、私たちの作り上げる舞台が、自然とにこやかに楽しめるような空間でありたいと願っています。


最後に


──このウェブサイトは、私たちのような必ずしも伝統芸能に馴染みのない若い世代に読んでほしいと思っています。最後に、そうした読者にメッセージがあればお願いいたします。

私たちは、若い世代の皆様が見て楽しんでもらえるものを創るようになりました。ただお客様は若い世代の方だけではないので、舞踊や歌舞伎公演を初めて見る方も昔からのファンの方も、どなたが見ても面白いと思っていただけるような作品を創り続けることが私の使命です。


ですので、初めて舞台を見るお客様には一回見ただけで面白くないと決めつけないでほしいですね。それは舞踊に限らず、全ての古典芸能にあてはまります。舞踊や歌舞伎はお勉強ではありません、楽しむものです。非日常を楽しむものなので、わざわざ自分のお金を払って勉強したり無理に理解しようとするものではありません。


もし面白いと思っていただけたならどんどん見に行ってほしいですね。作品にはコミカルなものからシリアスなものまで様々あるので、いろんなものを見ていただけたらより楽しんでいただけると思います。


ree

型を説明される勘十郎先生(2)



インタビューを終えて


幸田明慧香

私がこのインタビューで特に印象に残ったことは、人と人が時間と空間を共有することはかけがえのない経験だということです。昨年から、世界中で猛威を奮っている新型コロナウイルス感染症の拡大は社会に多大な影響を及ぼしています。日本伝統芸能界でも劇場の閉鎖やお稽古の中止が相次ぎ、人と人とが対面で時を過ごすことが少なくなりました。


私自身、宗家藤間流師範名執の舞踊家として活動しているものの、コロナ禍ではお稽古の中止を余儀なくされました。そんな中だからこそ、以前は当たり前だと思っていた、人と人が対面で時間と空間を共有すること、 何かを協力して成し遂げることの楽しさや尊さに改めて気づかされました。勘十郎先生のお話で特に記憶に残っている「みんなと同じ空間で協力して舞台を創りあげた時間は、誰かにとってかけがえのない宝物になることもある」という言葉に、舞踊劇や舞踊舞台に携わることができた私は心から共感しました。


ただ、それは舞台制作に限らず、人と人が画面越しでは対面で関わりあい、同じ時を過ごす全てのことに当てはまると思います。コロナ禍が明けて、会いたい人に直接会って時間と空間を共有できることがとても楽しみです。私たちが勘十郎先生と過ごすことのできたこの短い取材時間も、忘れられないかけがえのないひと時になりました。


深作理那

踊りはワクワクするもの、非日常世界を体験することとおっしゃっていたことに、私も種類は違いますが舞踊を嗜むものとして、共感しました。舞台は来て下さったお客様に日常空間とは別の空間に連れて行ってくれる力があると思います。踊りもその空間を構成する大事な要素です。


勘十郎先生は、無観客であろうと全力を尽くすと仰いました。舞台は観客の有無にかかわらず神聖な場所で会って、その非日常の世界を壊してはいけないということだと思います。この非日常世界の体験というものが普段の生活に戻った時にすごい活力になると信じています。そういった意味では、舞台人は非日常を通じて人々の日常生活を豊かにする仕事をしているのだと、勘十郎先生のお話を伺って改めて認識しました。


また、インタビューの中で、対面でないと伝わらない空気があると仰っていたところにも強く共感しました。オンラインでも確かに技を伝えることはできますが、対面で突然始まった師匠の過去の話、振りを間違って違う踊りをしてしまったミス、その日だけに起きた面白い出来事、その時限りの二度と同じ時間はやってこないというものがあると私は思っています。その対面の特別は何にも変えられない。実際にその場にいてその空気感を味わっていなければ分からない良さがあって私はそういった面でもオンラインだけでは伝えきれない対面の魅力、温かみもあると感じました。


加藤綾香

インタビューの中で先生は新しい時代の日本舞踊の在り方を先陣をきって模索しているのだということが印象に残りました。お稽古ではお弟子さんたちとの対面での時間の共有を大切にされ、オンライン配信では今の時代に沿った日本舞踊の普及活動に尽力されています。それは近い将来、オンライン配信で初めて日本舞踊に触れた人に今度は対面で公演を観にきてもらうということに繋がる可能性を大いに秘めています。


オンラインで活動を続けることは公演を行うのが厳しい世の中だからではない、未来でお客様と直に時間を共有するためなのです。対面とオンラインのハイブリッドな活用によって制作側と観客側との関係の輪を広げていらっしゃる現状を知り、この記事が新たな輪の広がりに繋がることを切に願いたいと思いました。


おわりに

宗家藤間流の伝統はそのまま受け継ぐのではなく、一人一人にあった形を受け継ぐという選択の多様性を持って継承を続けていることを知りました。時代を追うごとに新しく進化し続けているのです。 また、コロナウイルスとの共存について、直接対面するからこそ得られるものがあるという一言にオンラインのあれこれに慣れかけてしまっている私たちはハッとしました。YouTubeでのオンライン配信を始めることで劇場で上演しなくても良い可能性に巡り会えはしたものの、舞台上の空気感や高揚を伝えるのはやはり演者と観客が対面することなのでしょう。



ree



コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。
  • Instagram
  • Twitter

©2020 by 立教大学映像身体学科芸能研究ゼミ。Wix.com で作成されました。

bottom of page