振付師・土居甫の研究
- ゼミ 横山

- 2022年5月24日
- 読了時間: 6分
ピンク・レディー作品を中心に
門野はるか
この記事では、私が卒論で行った研究を紹介します。
研究の概要
1976年にデビューし、一世を風靡したピンク・レディー。約半世紀経った今でも幅広い世代に愛されている生きる伝説のアイドルです。ピンク・レディーの魅力の一つは、当時ほとんどの小学生が踊れたというほどユニークな振付です。その振付を作った人が、土居甫です。私はこの土居甫が施したピンク・レディーの作品を中心に研究を行いました。
ピンク・レディー以前のアイドルの振付は、歌がメインで、手振りが少しある程度の物でした。土居甫がピンク・レディーに施した、全身を大きく使った振付は当時のお茶の間に大きな衝撃を与えたといいます。しかし、土居甫に関する先行研究はなく、彼の功績が分かっていませんでした。そこで卒論では、ピンク・レディーの振付を中心に彼の果たした功績を解き明かそうとしました。この研究によって、土居甫の振付の功績を認識し、彼がピンク・レディーの振付に残した影響を再確認し、アイドルにおける振付の重要性が明確になるところに、本研究の意義があります。
研究にあたって、土居甫の自伝書『山の向こうはなんだろう』を基本文献として、当時の雑誌記事や、『ピンク・レディーフリツケ完全マスターDVD』という映像資料を使用し、振付の特性を分析しました。また、ピンク・レディーのミー氏や土居甫の愛弟子である渡辺美津子氏にインタビューを行いました。以上を通じて、土居甫の特徴は演劇的要素とソウルダンスの要素であり、その特徴が、ピンク・レディー大ヒットの大きな要因となったことを明らかにしました。
論文の紹介
以下では、研究成果の一端を紹介するために、第1章の内容を他の章の内容も交えて、要約してお示しします。ここでは、ピンク・レディーのデビュー曲『ペッパー警部』における演劇的要素とソウルダンスの要素が土居甫の振付に見られることを論じました。
ピンク・レディー誕生
土居甫はピンク・レディーの魅力を「足」や「ワイルドさ」だと評していました。土居は自身の自伝書で、「俺がずっと探し求めていた素材に巡りあったんじゃないか」と語っています(土居甫『山のむこうはなんだろう』アクセスパブリッシング、2003)。土居がこのように語ったのは、いくつかの理由があります。
まず1つ目は、2人組だということです。それまで、土居甫は『スター誕生!』で生まれたアイドルを中心に振付を行ってきましたが、ソロのアイドルが多く、2人組のアイドルは新鮮でした。2人組だと1人組より表現の幅が広がります。彼は『ウォンテッド』や『サウスポー』のイントロのような振付を2人組の特性を生かし作ったと考えられます。
2つ目は、身長が高く踊りが映えるということです。2人とも160センチを超えており足も長く、当時にしては日本人離れした体格をしていました。後に触れるソウルダンスという当時の日本の歌謡界にはなかった踊りを取り入れたくなる気持ちも頷けます。
3つ目は、期待値が高くなかったということです。当時ビクターには、ピンク・レディー以外にも多くのアーティストを抱えており、ピンク・レディーはあまり期待されていませんでした。そのため、土居甫は自由に振付を考え、常識から外れた振付に挑戦することができる環境下にありました。
他にも、ピンク・レディーの2人が元々歌って踊れるアーティストになりたかったということや、キャンディーズの存在、田舎出身ということなど、様々な要因から、土居甫にとってピンク・レディーは、自身の技術と独創性を最大限に生かし表現できる素材となったのでした。
演劇的要素
土居甫の振付の特性は、演劇的要素だと考えられます。土居は踊りを専門としていたわけではなく、元々は役者を志望していました。ここでは割愛しますが、踊りの才能が買われ、ダンサーとして活躍するようになり、振付も行うようになりました。そのような彼のルーツが、振付にもよく表れていると感じます。ジャズやバレエを元々専攻している他の振付師は、型を基に振り付けていくのに対し、土居甫は歌詞の情景や経験を基に型を作り出していきます。
『ペッパー警部』を例に土居の作る振付を確認していきたいと思います。『ペッパー警部』は名前の通り警官をモチーフに振付が作られています。イントロ部分の手とマイクは拳銃を模しています。マイクを特殊な持ち方をして、クルクル回す振付は拳銃を回す仕草を、マイクを腰に当てて口元に持ってくる振付は、拳銃をホルダーに戻して銃口から出る煙に息を吹きかけている姿を、それぞれ振付に落とし込んでいます。
『ペッパー警部』で印象的な振付は、何といっても足を開く振付です。ここにも土居甫が描くストーリーがあります。土居は、「足の悪い警官が追いかける」という情景を描き、それを振付として起こしているのです。足を開いているだけのように見えますが、実は細かいステップが複雑に組み込まれているのです。足が悪く走りにくい警官の姿がこの振付から想像できます。
以上のように、土居甫はこの『ペッパー警部』の至る所にストーリーを振付として起こしていることが分かります。役者を志していた土居ならではの、演劇的な振付だと考えられます。印象的な足の振付は、前述したピンク・レディーの足の魅力も存分に生かされている振付ともいえます。
ソウルダンス
土居甫は振付師になる前後から、ディスコにおいて黒人のソウルフルな踊りを吸収していました。その踊りをピンク・レディーの振付に持ち込んだと考えられます。たとえば、『渚のシンドバット』のイントロでの操り人形を模した振付や、『カルメン‘77』のイントロでの、ロボットのような振付もソウルダンスの一つです。『ペッパー警部』では、サビの「邪魔をしないで」の歌詞部分の振付、ダブルといわれる動きが挙げられます。
インタビューにおいてミー氏が語るところによれば、ピンク・レディーの2人は踊りの素人で、ソウルダンスと言われてもよく分からなかったようです。そのためまずはダブルという型を使って、振付を行いました。しかし土居甫は、ワイルドでパワフルなピンク・レディーのイメージに合うソウルダンスをさせたかったのでした。そこで、ピンク・レディーの2人をディスコに連れて行きました。当時のテレビ番組のエンターテインメントを通じては知ることのできなかった本場アメリカの踊りを知るには、米兵がいるディスコしかありませんでした。土居甫はディスコにおいて、ソウルフルな踊り・音楽の受け止め方をピンク・レディーのふたりに体感させたかったのだと考えられます。
土居甫はピンク・レディーに「2人を日本のディスコクイーンにする」という言葉を放っています。この言葉の背景には、前述した、事務所に期待されていなかったということが大きいと思います。ジャズダンスが主流の中、ディスコの踊りを歌謡界に持ち込むことができたのは、挑戦することができる環境だったからだと思います。この演劇的要素とソウルダンスの要素で、お茶の間には新鮮さと珍しさで衝撃が走り、子供たちを虜にしたのでしょう。
最後に——卒論に取り組んで
ピンク・レディーの振付に着目して卒業論文を書くことになり、最初に思い浮かんだのは、母の姿でした。テレビでピンク・レディーが特集されていると一緒になって踊っていたことを思い出し、こんなに熱狂させている振付の秘密を探りたいと思いました。当時の雑誌記事の捜索やインタビューの準備など大変なことも多かったですが、振り返ると充実していた時間だったと思います。なにより、母が大好きで私も幼い時から見ていたピンク・レディーを対象に研究をしているということが、とても楽しく、一番の心の支えでした。たくさんの人に協力・応援していただき本当に感謝しております。

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