top of page

【観劇レポート】伝統は変わるから生きる──『A CHORUS LINE』が示す継承のかたち

  • 執筆者の写真: ゼミ 横山
    ゼミ 横山
  • 2月4日
  • 読了時間: 7分

伊藤沙羅


はじめに

 ミュージカルに興味を持ち始めると、必ず耳にする作品があります。1975年の初演以来、圧倒的な人気でブロードウェイの歴史を次々と塗り替えることになった伝説の舞台、『コーラスライン』です。『コーラスライン』は、1975年にマイケル・ベネット原案・振付、演出によりオフ・ブロードウェイで幕を開け、翌年76年のトニー賞において、最優秀作品賞を筆頭に9部門を制覇。日本では1979年9月に劇団四季で初演、その後何度も再演されています。その後1985年にはリチャード・アッテンボロー監督のもと、マイケル・ダグラス主演で映画化され、世界中にそのファン層を広げた歴史的ヒットミュージカルです。このミュージカルは、ブロードウェイのオーディションに挑むダンサーたちの現実に根ざした人生の物語を中心に描いており、現代社会にも響く力強いメッセージを持っています。


 そんな『コーラスライン』の初演から半世紀となる今年、日本に新バージョンがやってくるとの一報を受け、私は2025年10月12日のソワレ公演に足を運びました。

劇場の様子(筆者撮影)


 本作は2021年12月にイギリスのレスターにあるCurve劇場で上演された新演出版で、『エビータ』、『オズの魔法使い』、『ウエスト・サイド・ストーリー』などの新演出も手がける、ニコライ・フォスターが演出、マシュー・ボーンの『白鳥の湖』で知られるアダム・クーパーがザック役を演じ、絶賛されました。


 本稿では、初演演出であるマイケル・ベネットによるオリジナル版『A CHORUS LINE』と本公演の振付・演出、人種とジェンダーバランスについて比較して、ミュージカルにおける「継承」について考えたいと思います。


振付・演出の変化

 まず初めに目についたのが、振付の変化です。本作の振付は映画『マチルダ』、『ウェスト・サイド・ストーリー』、『キューティー・ブロンド』などを手がけるエレン・ケーンが手がけており、『コーラスライン』と聴いて多くの人が思い浮かべるであろう"I Hope I Get It"のジャズコンビネーションの振付はクラシカルなシアタージャズから、ヒップホップなどの現代的な要素が取り入れられたエネルギッシュな振付にアップデートされていました。


 また、アダム・クーパー演じる演出家ザックは、オリジナル版では終始劇場の客席に座り、ステージ上のオーディション受験者たちを見ていますが、フォスター版では舞台と客席を行き来しながら、オーディション受験者たちとの対話を図ります。


 その演出の変化が特に印象的だったのが、キャシーというキャラクターが歌う"The Music and the Mirror"の場面です。キャシーはこれまで2度主演を務めた経験がありながらもダンサーとしてもう一度ステージに立ちたいと、コーラスのオーディションを受ける女性で、ザックの元恋人でもあります。キャシーはこの曲で、1回目のダンスブレイク前、 “All I ever needed was the music, and the mirror, and the chance to dance for you(私が欲しいものは音楽と鏡と、あなたのために踊るチャンスだけ)”と歌いますが、この歌詞が2回目、3回目と繰り返されるときには、“… and the chance to dance(踊るチャンス)”とだけ歌います。“for you(あなたのため)”で終わる最初の歌い出しではダンスブレイクには繋がりませんが、2回目と3回目に“dance”で終わる歌い出しではダンスブレイクに繋がります。この歌詞の変化は、キャシーのダンスへの情熱に対するアプローチの変化を示しています。オリジナル版では、彼女は客席のザックに自分を証明しようとしているかのようで、演出家であり元恋人でもあるザックが主導権を握っているように思えます。一方、フォスター版では、キャシーは客席に向かって懇願するのではなく、舞台上に居るザックに人差し指を突きつけながら、“for you”と言い放ち、ザックがたじろぐ様子が見えました。その後、彼女が自分のために踊ることへの情熱を新たに発見する流れに繋がることで、キャシーが踊ることの主体性を取り戻す様子がより強く表されていると感じました。


 オリジナル版もフォスター版も共通して、ダンスブレイクでキャシーは、客席に向かってではなく、舞台後方にある鏡に向かって踊り続けます。観客席の座る位置によって、鏡は他の場所からは見えない身体像を映し出し、キャシー自身が認識する姿と、他者が認識する彼女の姿とのあいだでの葛藤が強調されます。彼女のダンスとそれが受け取られる様との対比は、キャシーのキャラクター変容における中心的なテーマであり、これがこの時点以降の彼女のキャラクターを決定づけると考えられます。フォスター版では、ザックを舞台上に上げ、鏡に映る・舞台上のキャシーではなく、生身の人間としてのキャシーと対峙させることで、ザック自身も葛藤します。ザックが劇場の客席ではなく、舞台上に居ることで、見る/見られる、演出家/ダンサーという関係の非対称性が解消されているようにも感じました。


人種・ジェンダーなどキャストの多様性について

 また、今作で印象的だったのが衣装や登場人物の人種・ジェンダーがオリジナル版から大きく変化していたことです。


 元・幼稚園教員志望の黒人男性ダンサー、リッチー・ウォルターズ役が設定や役名はそのままで俳優が男性から女性に変更されていました。これはミュージカル界のジェンダーバランスを考えるうえで重要な改変だと感じました。ミュージカル俳優を志す人は女性が多い一方で、役の男女比としては男性に偏っていることが多く相対的に女性が役を得づらいのが現状です。実際に、イギリスの大学でドラマ(演劇)専攻の応募者データを見ると、2020年の応募者では、約68%が女性と報じられています(大学入学者データは「オーディション受験者そのもの」の統計とは厳密には異なりますが、演劇・ミュージカルを目指す若年層が大学からプロにつながることを考えると、「志望者層に女性が多い」ことはオーディション受験者が女性に偏ることを説明する有力な証拠です)(Clifford, 2021)。それに対し、2019年に作られたミュージカルの365のキャラクターのうち、男性は61%、女性は32%、ノンバイナリーのキャラクターは0.27%、不明が7.1%となっておりその非対称性がわかるかと思います(ProductionPro 2019)。そんな中で、オリジナルの役のジェンダーに囚われることなく俳優を起用できる可能性を提示しているのがこの作品の魅力の一つであると思いました。


 また、オリジナルでは赤毛の白人女性が起用されていたジュディー・ターナー役にアジア人女性が起用されていたのも印象的でした。

 オリジナル版の『コーラスライン』は当時としては画期的に多様な人種・性別・バックグラウンドのキャラクターを取り上げたことで知られていますが、アジア人のキャラクターはコニー・ウォン役のみでした。実際に、今回ジュディー・ターナーを演じた中野加奈子さんはあるインタビューの中で


—(中略)私はいつもコニー・ウォン役に立候補していました。なぜならアジア人だから。おそらくアジア人は皆、どのプロダクションでも「コーラス・ライン」でコニー・ウォン役に立候補しますよね。ー


と述べています(YouTube動画「Kanako Nakano ① 」9分38~9分50秒)。


 近年では、アジア人俳優がより多くの舞台に登場するようになり、重要な役柄を務めることが増えてきています。とはいえ、他の人種のキャラクターと比較すると依然として少なかったり、俳優自身が受かりやすさを考慮してアジア人以外のキャラクターを受けないことが多いのが現状です。そんな中で、『コーラスライン』という名のある作品で人種に囚われることなく俳優を起用できることを提示している点に新演出版の魅力があると感じました。


 衣装についても、女性は全員レオタード姿だったオリジナル版に対し、フォスター版ではデニムやスカートなど、登場人物一人一人の個性が際立つ、より現代的なものになっており、時代に合わせたアップデートが施されていました。


まとめ

 ここまで述べたように、ニコライ・フォスター版の『コーラスライン』はオリジナル版の

良さを残しつつ、時代の変容に合わせてアップデートされた演出になっていることが分かりました。私は本ゼミで、インタビューなどを通じて「わざの継承」について勉強する中で、「伝統文化はその時代のままでは生き残れない。時代によって少しずつ変化・変容していくからこそ生き残っていける」のだと学びました。本作にはそれと通ずるものを感じました。

 『コーラスライン』は、舞台という芸術が個人の声と存在をどう照らし出すかを問いかけてきた作品です。オリジナルへの敬意と現代的な解釈を両立させながら作品の多様性と包括性が維持されている点を高く評価したいと思います。


[参考・引用文献]

Harriet, Clifford. 2021. "Almost seventy percent of university drama applicants in 2020 identified as female,." Drama & Theatre. February 5, 2021. https://www.dramaandtheatre.co.uk/content/news/almost-seventy-per-cent-of-university-drama-applicants-in-2020-identified-as-female

(2025年12月1日アクセス)

ProductionProSean, Patrick Henry. 2019. "Broadway BY THE NUMBERS 2019." https://production.pro/broadway-by-the-numbers (2025年12月1日アクセス)


YouTube動画「Kanako Nakano ① Judy Turner in 'A Chorus Line', イギリスで大活躍される中野加奈子さん「コーラスライン」にジュディ役として出演【日本語字幕あり】」https://www.youtube.com/watch?v=a41nCU2zzPc (2025年10月23日閲覧)


最新記事

すべて表示
文献紹介 『スポーツマンガの身体』

岸優希 はじめに  私は「する」「見る」の両面からスポーツに触れる中で、スポーツマンガの身体表現に惹かれてきました。二次元の絵でありながら、その迫力や質感が伝わってくるのはなぜなのか、読者の身体はどのように作品世界と繋がるのか、今回の記事では、齋藤孝氏の『スポーツマンガの身体』を手がかりに、マンガならではの身体表現の特性を整理していきます。 著者が捉えるスポーツマンガの魅力  著者はスポーツマンガ

 
 
 
令和版『ベルばら』について

桑原菜緒 はじめに 宝塚歌劇団による『ベルサイユのばら(通称:ベルばら)』は池⽥理代⼦⽒による漫画を原作とした舞台作品で1974年に初演以来、宝塚歌劇団の代表作の⼀つとして多くのファンに愛されている。フランス⾰命を舞台として描かれる恋愛物語だが、⼤きく分けて2つのパターンが存在する。トップスターがフェルゼンという役を演じるもの(「フェルゼン編」「フェルゼンとマリー・アントワネット編」)とトップスタ

 
 
 

コメント


  • Instagram
  • Twitter

©2020 by 立教大学映像身体学科芸能研究ゼミ。Wix.com で作成されました。

bottom of page