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時代劇映画における殺陣技術の継承

  • 執筆者の写真: ゼミ 横山
    ゼミ 横山
  • 2022年5月24日
  • 読了時間: 8分

久世七曜会を例に

加藤綾香


この記事では、私が卒論でおこなった研究を紹介します。


研究の概要


時代劇作品では、日本刀や槍などの武器を使い、対峙した相手と命を奪い合う「殺陣」のシーンが描かれることが多いと思います。殺陣はどのようにして確立したのでしょうか。時代劇の興隆と共に、剣戟技術の向上を目的とした研究団体が次々と生まれました。そして、時代劇作品において殺陣を制作する職業として殺陣師が活躍するようになり、現在まで様々な流派の殺陣が生まれています。私は卒業論文において、殺陣の研究団体の1つである久世七曜会に焦点をおき、技術の継承が師範から弟子へ、そして師範から俳優へどのように伝えられ、作品として表れているのかを研究しました。


久世七曜会とは、殺陣師として活躍していた久世竜氏と、その仲間数名により殺陣アクションの技術向上のため1954年に立ち上げられた殺陣研究団体です。この団体の初代代表である久世竜氏の功績は、黒澤明監督作品『用心棒』(黒澤明 1961)や『椿三十郎』(黒澤明 1962)の劇中で見せた「一瞬で決着のつく殺陣」の考案でした。1950年代においての立ち回りは刀と刀を合わせて美しさを表す舞踊的要素の強い作品が多かったのですが、久世竜氏はこの二作で殺陣を担当し、1、2手で決着がつくスピーディーで鋭い立ち回りを編み出しました。卒論では久世七曜会において、技術の継承が師範から弟子へ、そして師範から俳優へどのように伝えられ、作品として現れているのかを明らかにしようとしました。


従来の研究において殺陣の技術継承や殺陣師について研究されたものはありません。そこで本稿では未だ解き明かされていない殺陣の技術の継承をテーマにしました。殺陣の技術継承を深く探求することで、殺陣に留まらずあらゆる芸能の師弟間の伝承に役立つヒントを提示することができるというところに、本研究の意義があります。


研究にあたり、時代劇や殺陣の歴史がまとめられた先行研究を元に殺陣の歴史を整理し、久世七曜会の2代目代表である久世浩氏へのインタビューや、彼と先代の久世竜氏が関わった殺陣のシーンを分析しました。


以上を通じて、久世流の殺陣は初代師範である久世竜が関係者から聞いた戦争の話を参考として、そこから「一瞬で決着のつく殺陣」を創出したということを主張しました。久世流は敵の体に対して左右交互に刃を入れることを特徴として2代目の久世浩に継承されましたが、彼はそれよりも「台本の流れ」を第一に重視しており、久世流の殺陣は作品の台本によって変形させることで今もなお継承され続けていることが明らかとなりました。


論文の紹介


以下では、研究の成果の一端を紹介するために、第1章、第2章の内容の一部を要約してお示しします。従来の研究では黒澤明監督の二作品が巻き起こした時代劇への革新性について映像効果が主に注目されてきましたが、久世浩氏へのインタビューにより、久世竜の周りにいた戦争経験者による証言を元に制作された「一瞬で決着のつく殺陣」が影響していることを明らかにしました。


黒澤映画が殺陣にもたらした革新性


まず、黒澤明のもたらした時代劇への革新的な演出を取り上げます。それは2つあり、いずれも殺陣に関係しています。まずは1961年公開の『用心棒』において殺陣の効果音をつけたことです。黒澤は今作で日本映画史上初めて刀と刀がぶつかる音や人を斬る音を加えました。もう一つは、1962年公開の『椿三十郎』(黒澤明 1962)において刀で斬られた人間から血飛沫を噴出させたことです。黒澤は今作ラストの決闘シーンで、主人公三十郎に斬られた敵の室戸から血飛沫を噴き出させる演出を加えました。それまでの緊張感を一気に打ち破るような舞い上がった血飛沫は多くの者の目を奪い、類似作が量産されるほど世間から注目を集めました。


ところで、以上のような黒澤作品における殺陣が時代劇界に与えた影響については、すでに小川順子氏の研究があります。小川氏は自身の研究の中で次のように述べています。


刀によって手足が斬り落とされ、血がほとばしるといった表現は、「リアル」=「現実的」な表現として受け止められた。—中略—それまでのチャンバラ映画では、経験することのなかった感覚である。その新しさゆえに「黒澤時代劇」を観る観客は、「生々しさ」を感じてしまった側面もあろう。とにかく、これは映画にとって革新的な出来事だったのである。(小川順子、2007、『「殺陣」という文化—チャンバラ時代劇映画を探る』、世界思想社、104頁)


つまり、黒澤作品における殺陣の革新性は、血飛沫のような映像効果のリアルさにあるとしているのです。また、小川氏の論文には殺陣の革新として効果音と血飛沫の2つが挙げられると明言した次のような記述がありました。


(ポスト黒澤期の)時代劇といえば、黒澤の行った殺陣の革新、すなわち人を斬る音の導入と、飛び散る手足や噴出する血飛沫を繰り返していったように見える。(小川順子、2002、『チャンバラ時代劇映画における「殺陣」の変遷』、『日本研究 : 国際日本文化研究センター紀要』第24巻、国際日本文化研究センター、47頁)


この一文からも分かるように、小川氏は殺陣の歴史において黒澤明がもたらした新しい要素は音と血飛沫の2つだと論じています。しかし、このような従来の認識においては、黒澤映画の新しい殺陣において殺陣師が果たした役割が見逃されているのではないでしょうか。そこで以下では、久世浩氏へのインタビュー調査をもとに、黒澤映画の殺陣のスタイルを生みだす上で久世竜氏がどのような役割を果たしてきたかを明らかにしたいと思います。


久世流の殺陣はなぜ生まれたのか


久世氏は、黒澤映画における殺陣が生まれた経緯について次のように話していました。


当時黒澤組にいたのは戦争を知っていた人が多かった。その人たちは戦場での合戦の様子をよく知っていたから、その話から取り入れて(殺陣を)撮影していた。僕らは(戦争のことを)知らなかったから、いろんな人から聞いて戦争はこういうものだと言われながら撮影していた。(久世浩氏インタビュー)


ここから分かるように、久世竜氏は本当の殺し合いとは何なのかとリアルな決闘を追求する中で、周りのスタッフが経験した戦争の話を殺陣に取り入れていたのです。これまで、どの文献においてもこのような久世流の「一瞬で決着のつく殺陣」が出来上がった過程は語られていませんでしたが、戦争の話を基に制作されていたことが分かりました。さらに久世氏は、先代から聞いた殺陣のスタイルの確立についてこのように話していました。


(近頃の時代劇を)見てると(戦いの中で)逃げるより突っ込めの映画が多いけど、実際は怖くて逃げるかもしれないよね。戦争に行ってた人は人の死に顔や討たれ方を知っているけど、討たれてただパタンと倒れるのは面白くないからそこに演技を入れる。(久世浩氏インタビュー)


つまり、リアリティを追求した立ち回りに加えて映画としてのエンターテインメント性を持たせるために常人ではあり得ないような素早い殺陣を用いた話題性の創出や、カラミ役に叫び声や体を拗らせ仰け反らせ「斬られた」という演技を指導するのです。実際に久世竜氏は、『用心棒』においてわずか10秒の間に8人を斬ってしまうというスピーディーで呆気なく命が散る殺陣をつけています。殺陣の主流であった刀を合わせて舞踊のように美しく舞うという常識を覆しリアルな殺陣を作ったのは、久世竜氏の周りの戦争経験者による証言が大きかったのです。


以上で見てきたように、確かに、『椿三十郎』のような血が勢いよく吹き出す演出はそれまでには全くなかったものでした。しかし、そのように血が吹き出すに至るほど、一瞬で敵を切り裂く殺陣を考案したのは、紛れもなく殺陣師である久世竜氏の功績だったということが明らかとなりました。彼が関係者から聞いた戦争の話を殺陣に応用することで「一瞬で決着のつく殺陣」が出来上がり、その結果黒澤が用いた血の演出が活きたのです。殺陣の歴史についてのこれまでの理解では、映像効果が主に注目されてきましたが、まずは殺陣そのものを分析してその殺陣を制作した人物に着目してみることで、時代劇映画の殺陣の革新において、殺陣師である久世竜が戦争経験者の話を元に考案した「一瞬で決着のつく殺陣」が大きく影響しているということが分かりました。


最後に——卒論に取り組んで


達成感を感じた瞬間は、様々な資料から久世流の殺陣の特徴が自分の中で一本に繋がったときでした。事前に集めていた資料から久世流は「一瞬で決着の着く殺陣」が最大の特徴だということを理解していました。しかしその特徴がどのように生まれたのか、具体的にはどこに示されているのかということを久世浩氏へのインタビューや映画作品を見直し続けていると、一つ一つの要素がパズルのピースのようにはまり、論文の主張として形になった時には気持ち良かったです。また久世流の特徴が理解できたからこそ、従来の研究に対して違った視点からアプローチすることができ、これまでの理解を批判的に見ることができました。


そして本論文では久世竜氏、久世浩氏が殺陣師として関わった作品として『用心棒』『ICHI』の殺陣を一手ずつ分析しました。数秒の殺陣シーンをいくつか選抜して斬り方の表を作成し、何度も何度も見返すことで久世流の一瞬で決着の着く殺陣がどのような方法で表されているのかを読み取ったのですが、この部分を完成させるために一番時間を要したため、形として出来上がった時には喜びを感じました。この論文を通して、殺陣を見ることが益々好きになったように感じます。たったの数秒で人々の心を動かしてしまう魅力を持つ殺陣が、これからも伝承され続けることを祈っています。

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