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本紹介『盆踊りの戦後史』

  • 執筆者の写真: ゼミ 横山
    ゼミ 横山
  • 2月4日
  • 読了時間: 5分

更新日:2月7日

藤原翔月


はじめに


私は、盆踊りの伝承に興味があり、調べています。今回の記事では、社会の流れとともに変化してきた盆踊りの意味やあり方について書かれている、大石始氏の『盆踊りの戦後史 「ふるさと」の喪失と創造』(筑摩書房、2020)を紹介します。


 


戦前の盆踊り


現在では、老若男女問わず楽しむことが出来る盆踊りですが、明治時代以前はそうではなかったと言われています。このことについて、本書は徳島の盆踊りに関する二つの記述を例に挙げています。ポルトガル領事館の総領事であったヴェンセスウラ・デ・モラエスが『徳島の盆踊り』で、「常軌を逸したカーニバル」と記しています。徳島の盆踊りの熱狂ぶりが伺えます。


また、三好昭一郎の『徳島城下町民間藝能史論』には、「信仰だけを求めてきた中世的な盆踊りは、十六世紀後半以降に変化し始め、やがて近世初頭の新興の城下町では、町人同士の親睦を深め、町組への人寄せを図るための遊芸的な民間芸能に転形する」とあります。このことから著者は、コミュニティー内の結束を強めるとともに、町の賑わいを演出する「盆踊りの効力」があるとともに、狂乱状態が生み出されたと述べています。


また、当時の盆踊りは男女の出会いの場としての役割も大きかったと言われています。明治維新以降、西洋文化が入り、海外には見せられない野蛮なものであるとして禁止された時期がありました。この期間に消滅した盆踊りはたくさんあると考えられます。


明治の末になると、盆踊りに改良を加えて健全化し復活させる動きが出てきました。それまでの盆踊りの運営は、若者組と呼ばれる地域組織でしたが、日露戦争前後に解体、青年会・青年団に再編されました。朝方まで行われていた徹夜踊りをやめ、日を跨ぐまでに終わらせることや、下品であった唄を健全に直すことなど健全化していきました。


大正期に入ると、各メディアで盆踊りの効力を訴える政府や軍部の要人の意見が見られるようになりました。ここでは、1914年の雑誌『実業之日本』に寄せられた高木兼寛(海軍軍医総監であり、東京慈恵会医科大学の創設者)の「盆踊りは大に推奨すべし」というタイトルの論考を例に挙げています。この論考では、虫を楽しみながら追い払うことができると書かれており、著者も的外れではないとしつつも、裏には盆踊りを使って、民衆をコントロールしようとする政治的意図があったはずであると述べています。明治以降の盆踊りについて、「「反秩序」的要素をコントロール下に置き、いかに「反社会的な集団的行動」へと暴走する可能性を摘み取るかという点に力点が置かれるようになっていく」(24頁)と著者は述べています。


昭和に入ると、「東京音頭」がレコード会社ビクターからリリースされました。それまでは、生演奏や、唄を作らなくてはならなかったのが、レコードによって気軽に盆踊りをすることが出来るようになり、盆踊りがあまり開催されていなかった東京でも盛んになりました。著者は、盆踊りは、「継承していくもの」としてのみではなく、「新しいもの」となっていったと言います。

 

戦前の盆踊りは、その盛り上がりから反乱に発展しかねないと考えられつつ、コミュニティーを結びつける強さから、政治的な結束を促す力を持つと考えられ、徐々に健全化されていったことが分かりました。

 


高度経済成長期の盆踊り


戦後直後は、戦没者供養のためや、暗いムードを吹き飛ばすために盆踊りが増えたと本書では述べています。また、政府が石炭エネルギーの増産を重要視する様になる中で、炭坑夫を鼓舞する「炭坑節」がリリースされ、全国の盆踊りで取り入れられる様になりました。高度経済成長期に突入するまでは、故郷は帰る場所、都会は稼ぐ場所ととらえられていたものが、高度経済成長期になると、故郷は帰らないものになりました。本書では、高橋勇悦の『都会人とその故郷』の、昭和20年代までは帰る場所だったが、昭和30年代には産業化が進み、精神拠点としての故郷が失われ、多様な故郷があらわれたという主張を挙げています。


この故郷の喪失と、多様な「故郷」の出現は、本書における重要なテーマであるとしています。心の支えであった故郷が変わってしまった人々は、心の支えとしての「ふるさと」を探し求め、団地などで盆踊り大会を開くことで再構成しようとする動きが出たと著者は述べています。この時期の盆踊り大会には、「ふるさと」とつくものが多かったようです。


また、福利厚生を目的として、工場で働く労働者の為に盆踊りが開かれるようにもなりました。これは、地域と繋がるための場でもありました。

 

高度経済成長期の新しいコミュニティーでは、自分たちが地域の一員であると感じることや、神話としての故郷を意識することを目的とした盆踊りが行われる様になったと本書では述べています。

 


最後に


紹介できなかった高度経済成長期以降の盆踊りも、バブル時代や東日本大震災を経て変化していることが書かれています。本書では、盆踊りは、いずれの時代も人と人を繋ぐものと書かれていて、特に、「ふるさと」がキーワードとなっていました。盆踊りはずっと変わらない昔ながらのものではなく、時代によって様々な変化をし続けていることが分かりました。ただの娯楽としてのみでなく、そのときの国の状況、人の感情が関係して「継承」や「進化」していくことに魅力を感じました。


 
 
 

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