活動弁士と生演奏で聴くサイレント映画
- ゼミ 横山
- 2024年5月28日
- 読了時間: 4分
映画を「聴く」という体験
上田萌華
はじめに
本記事タイトルを見て、映画なのに「聴く」という行為に驚いた方もいるのではないでしょうか。しかし、日本に映画が普及し始めた1900年頃には音がついていないサイレント映画(無声映画)と呼ばれるものを、活動写真弁士という解説者が隣で語り、観客はそれを「聴く」のが当たり前だったのです。生演奏がつくことも多くありました。しかし、1930年にはトーキー映画という音がついた映画が普及し、活動写真弁士は衰退していきました。今回は現在でも活躍する数少ない活動弁士の上映を観に行ってきたので、その体験をレポートしたいと思います。
上映の概要
イベント名:調布シネサロン 活動弁士&生演奏 サイレント映画ライブ
銀幕の恋人 ルドルフ・ヴァレンチノ主演 悲恋映画2本立て
日時:2023年11月11日(土) 午後2時開演
上映作品:『血と砂』、『椿姫』
弁士:澤登 翠
演奏:カラード・モノトーン
会場:調布市文化会館たづくり くすのきホール
主催:調布市文化・コミュニティ振興財団
まず、舞台の上手にはカラード・モノトーンという無声映画の伴奏音楽を専門とする5人がいて、フルート、ヴァイオリン、ピアノ、パーカッション、ギターの生演奏を聴くことができました。上映は彼らがカルメンの前奏曲ビゼーなどを演奏した後、活動弁士の澤登翠による前説が行われました。今回の前説では、作品の『血と砂』がスペインを舞台にした闘牛士を中心とした愛憎劇であること、主演のヴァレンチノは非常に人気があり、若くして死を遂げたときに後追いが続出したという話がありました。
活動弁士は主に状況解説と台詞の読み上げをするわけですが、一番特徴的だと感じたのは声のトーンと口調でした。声優のように一人で何種類もの声を出すわけではないのに、どの人物が喋っているのかがはっきりと分かるのです。それは微妙な声のトーンと口調が物語の中で一貫していたためではないかと思います。
例えば、ルドルフ演じる闘牛士、ファンの妻であるカルメンは夫を想い続ける純朴な女性であり、その声のトーンは高くもゆっくりと落ち着いた口ぶりに可憐な印象を受けました。それに対し、浮気相手のソールは妖艶さでファンを惑わす悪女であり、強い言葉の中に文字が途切れることのない滑らかさを感じ、彼女の色っぽさがあらわれているのではないかと思いました。このように、視覚的に同じ人物がいるから理解できるのではなく、声が一人のキャラクターを確立し、その風貌、心情、性格が考えずとも合致していたという感覚が非常に面白かったです。
さらにもう一つ大きな特徴といえる解説からは、映画を聴くという新たな体験を得ることができました。もちろん生演奏による臨場感の演出、状況や心情の強調には圧倒されました。特に、スペインの闘牛の場面ではギターがフラメンコのようなリズムと音を刻んでいて会場が闘牛場になったかと思いました。しかし、解説というのは言葉です。言葉を考えて理解するという工程を踏むことなく、ただイメージとして脳に付着するという体験が活動弁士の解説でした。
例えば、先ほどの妖艶な悪女であるソールを「ジャスミンのように咲き誇っている」と言われた瞬間、そのイメージが映像とマッチしていったのです。他にも「黄金の翼を持つ艶麗な姿を備えた貴婦人」「驕慢(きょうまん)な笑みと共に去る」「女王のごとくクジャクのごとく」など洗練された語彙が耳に入り込んできました。ただ状況説明のために「ドッと歓声が上がった」というセリフもありましたが、それも同様に映画を聴くという体験において言葉が音として、そしてイメージとして頭に浮かびました。
最後に、今回鑑賞した作品は『血と砂』、『椿姫』の二つでしたが、取り上げたのは『血と砂』だけです。後半の『椿姫』についても特徴を挙げようと思っていたのですが、途中からメモをすることを忘れて上映に集中してしまいました。俳優の登場シーンや口の動きに活動弁士の台詞がかみ合わない部分があるのにも関わらず、その違和感を忘れて物語に見入り、聴き入ってしまうほど面白かったのです。私は今回の上映で活動弁士が語る無声映画の魅力に取り憑かれてしまったので、これからもっと多くの上映に行ってみたいと思います。
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