花はいけたら、人になる
- ゼミ 横山

- 2022年5月27日
- 読了時間: 15分
更新日:2022年11月22日
勅使河原茜氏インタビュー
取材日:2021年11月13日(土)
幸田明慧香・伊藤彩里紗・渡邉未來・中村萌乃・加藤凪
突然ですが、皆さんは「いけばな」と聞くと、どんな様子をイメージしますか。おそらく、和室で花瓶に花を一本ずついけている様子を想像する方が多いのではないでしょうか。しかし、昭和初期に勅使河原蒼風が創設した草月流は、今までのいけばなの型には囚われない、個性を尊重した自由でのびやかな表現を追求しています。
今回、私たちは、いけばな草月流第四代家元・勅使河原茜さんに取材をしました。インタビューをするにあたり、家元継承20周年を記念して開催された「勅使河原茜展 ひらく」と第102回草月いけばな展「マイストーリーー私の花語りー」にご招待いただき、グループ全員で見学をしました。取材では、見学のなかで浮かんだ疑問を交えながら、草月の精神、いけばなのわざと伝承、家元の役割、そして今後の展望などについてお話を伺いました。

いけばな草月流第四代家元 勅使河原 茜
2001年第四代家元就任。自由な創造を大切にする草月のリーダーとして、多様化する現代空間にふさわしい新しいいけばなの可能性を追求する。美術家、ミュージシャン、ダンサーなど他分野のアーティストとのコラボレーションに積極的に取り組むとともに、いけばなを通じて子どもたちの感性と自主性を育む「茜ジュニアクラス」を主宰し指導に力を注ぐ。また、舞台空間などに音や光など様々な演出を取り入れて花をいけるパフォーマンス「いけばなLIVE」を国内外各地で上演している。(草月流公式HPより)
「空間をいかす」「場にいける」
──鉄工所の空間に花をいけた展示が興味深かったです。作品を制作するにあたって、事前に作品のコンセプトを考えて制作されていらっしゃいますか。それとも、その場の雰囲気や物からインスピレーションを受けて制作するのでしょうか。
事前にコンセプトを考えて制作することも、その場でインスピレーションを得て制作することもどちらもありますが、常に「空間をいかす」ことを意識しています。
──空間をいかすとは・・
例えば、鉄工所の展示もヘルメットや消火器をどかしたり、室内をきれいにしすぎると鉄工所らしさがなくなって面白くありません。その空間をいかしながら花をいけることが、草月が大切にしている「場にいける」という考えにも繋がります。普段はアトリエとして使用しているこの展示場も、広いし、何より天井が高い。いけばなの展覧会に多い、小さい作品を幾つも並べるような展示だと、ここの空間を最大限にいかしきれないですよね。どんな作品であればその空間と調和できるのかを探究することは、いけばなに限らず、全ての表現者が意識することだと思います。


鉄工所の作品 ヘルメットや工具がそのまま置いてある
──制作を陰からサポートする草月アトリエの方との完成像やイメージの共有はどのようにされているのでしょうか。またその際に気を付けていること、心がけていることはありますか。
スケールの大きな作品では、事前にデッサンを描いて全体像のイメージをアトリエスタッフに共有していますが、やはり生きている植物を扱うので植物の色や状態を見てその場で変更することもあります。植物の状態を無視して、自分のイメージ通りにいけると植物を苦しめることになります。その植物がその時一番かっこいい姿をいけてあげたいです。
大きな作品を制作する時は、私は常に作品から一歩離れて見ることを心がけて、全体を把握しながらアトリエスタッフに口頭で指示をしています。アトリエスタッフたちも長くいけばなに携わっているので、私が指示をすると、彼らも感覚的にどれをどうすればいいのか理解してくれます。
──口頭での指示が意図通りに伝わらなかったこともありますか。
時折ありますよ。そんな時は、言い方を変えたりして相手に伝えるようにしています。ですが、やはり年月を経た信頼関係はとても大切です。大きな作品は自分一人でつくるわけではなくて、アシスタントたちと協力して制作しています。お互いを信頼し、理解していると感覚やイメージの共有もしやすいですし、気兼ねなく意見を交換できるようになります。そのために彼らとのコミュニケーションを大切にしています。
──お話を聞いていて、先ほど家元が「植物を苦しめる」と表現されていたことが印象的でした。私はあまりそう感じたことがなかったので・・
植物が今どんな状態なのかを感じ取れる人の作品は素敵な作品が多いですね。自分の思い通りに無理矢理いけている作品の植物は苦しそうで、見ていてかわいそうだなと感じたことがあります。植物を苦しめずに美しく素敵にみせてあげられることが、いけ手の使命ですね。
「花はいけたら、人になる」
──無機質なものをいけるとき、ありのままをいかすという考えが通用しないと感じました。その場合はどのようなことを大切になさいますか。
草月を創流した私の祖父は、戦後の焼け野原に残った鉄屑をいけて、作品に生まれ変わらせました。植物だけに限定せず、色々なものを素材として使って表現しようというのが草月なんです。
鉄には錆びた感じや溶接すれば様々な形ができあがる、植物にはない面白さがあります。そのような植物にはない力を違う素材に求めていくということを草月はしていますね。違う感覚のものを合わせていくと、植物だけでいけたものとは違った魅力が出てくるんです。
──素材やいけかたを限定していないというのが草月なんですね。
きちんとした基本を習ったあとは自由ということ。あなたの個性を出してください、あなたはどんな人ですかということを出してほしい。いけた作品にはその人の良いところも悪いところも反映されます。作品と向き合うことは自分自身と向き合うことでもあるのです。祖父が「花はいけたら、人になる」という言葉を残しましたが、まさにその通りなんです。そこが草月の個性を尊重するという特徴的なところですね。

初代家元・勅使河原蒼風(草月流公式HP「歴代家元紹介」より)
コラボレーションについて
──草月アトリエのスタッフさんとは感覚的にわかり合えるということがあるかと思いますが、他の分野の方だと感覚の共有が難しいのではと思いました。そこはいかがでしょうか?
本当におっしゃる通りです。例えば、日立の液晶テレビ「Wooo」のCMで花をいけてくださいと依頼があって、グロリオーサを千本使った真っ赤な作品を作りました。制作前にデッサンは出していたのですが、いけている最中は周囲の関係者の雰囲気が怖かったです。いったいどうなるんだみたいな雰囲気がありました。
──いけばなを知らない方々ばかりだったのですね。
ただもう夢中でいけていくと、その人たちの態度がだんだん変わってきましたね。どんどんどんどんいけて形ができあがってくると、「これは迫力があるな、すごいな」と。それがはっきりと伝わってきました。
──(写真を見せてくださる)
これがそのグロリオーサの作品で、幅7メートル、高さ2.5メートルの大きさがあります。それぐらい大きいものを、最初は何もないところから作っていくわけですから、周囲の人たちは「一体どうなるんだ」みたいな雰囲気なわけです。ですがこれができあがるにつれて、雰囲気が本当に変わっていきました。いくらデッサンを見てもらっていたとしても、どんなにあらかじめ説明していたとしても、実際の作品を見てもらってこそ伝わることもあるのだなと感じた瞬間でしたね。

日立製作所デジタルハイビジョン“Wooo” TVCM「紅い花」篇 2006年
自分自身の変化について
──ご著書のなかで、消極的だった自分が変わったきっかけはWoooのCMだったと語っていらっしゃいます。華やかな作品のイメージがありましたので、とても意外に思いました。言葉ではなく、作品で伝えるという経験が大きなきっかけだということでしょうか?
実はそうなんです。今はなんでも話せるようになりましたけど、以前は本当に人前で話すのが大嫌いでしたし、逃げてなんとかしてたタイプでしたから…でも、やっぱり作品で伝えられるようになると言葉でも表現できるようになるんですよね。
──どのように変わっていかれたのでしょうか?
以前、幼稚園の先生をしていて、子どもって言うこと聞かないし、子どもの気持ちを引きつけるのっていつも真剣勝負なんですよ。それで訓練されて草月に入ったんですが、大人はもっと難しいですね。大人は本心を隠すこともできるから、そこでどうやってコミュニケーションをとるかというところで、本当に苦労しました。ですが、家元の立場になったら、伝えないといけないし、伝わったのか確かめないといけない。やっぱり言葉にしないといけないし、態度にも出さないといけないし、もう逃げていられないわけですよね。
自分が変わっていくために努力しないと。そのままでいいんだと思ってしまっていると、なかなか上手くいかないと思います。周りが納得しないですから。「家元っていつも何も喋らないですよね、何考えてるかわからない」って言われちゃったらもうおしまいなんです。
その前に「私は今こういうことを考えてるよ」と伝えないといけないんです。家元の考えはこうなんだってわかってもらいたい。幼稚園での経験も役立ったけれど、家元になり、いけばなを自分なりにちゃんと表現して、自分の気持ちを伝えて、そうやって人間が変わったんだと思います。
──やるしかない、というのが原動力でした?
やるしかありませんでした…本音が出ちゃいましたね。
──話は少し戻りますが、幼稚園教諭の経験がいきたなと感じる時はどういう時でした?
一番には注目させることです。どれだけ心から、その場にいる子どもたちに伝えようとしてるか。だって子どもってこちらの声は聞こえないんですよ、わかりますか?
──そうなんですか?
子どもって人の言っていることが聞こえないくらいに自分の世界に入ってるから、大きな声で言ってあげないとダメな子っていっぱいいるんです。反対にいつも大人を気にしてる子もいるんだけど、ぼーっとしてる子もいて、色んなタイプの子がいるから、全員こっちを向かせないといけないっていうのは、かなりのアクティング(acting)が必要になってきますね。もうずっとお芝居をしているような。
紙芝居を読むときとかもお芝居してるようなものですよ。棒読みだと誰も聞いてくれないから。鬼が喋ってたら鬼みたいにならないといけないし、赤ちゃんが泣いてたら赤ちゃんの鳴き声をしないといけない。だから子ども相手の時ってずっとお芝居をしてるような状態なんです。やっぱり子どもは凄く純粋だから、そんな子どもたちがとにかくここにいる時にすごく幸せでいられるようにする。そうでないと「行きたくない」「幼稚園やだ」と思わせてしまう。ましてや自分の思いを押しつけたりはできません。いつも子ども優先なんです。
「好きな事をやりなさい」
──そういったご経験が、ジュニアクラスへと繋がっているのでしょうか?
まず私は小さい頃、何に対しても自信がなかったんです。だからいつも逃げるし影に隠れていたんですね。
──全然そうは見えないです。
それはしょうがないですよ。年月もたってしまったから。とにかく、そういう子もいるんですよね、私みたいな。あと家のカラーってあるじゃないですか。親御さんがいて、おじいちゃまおばあちゃまがいて。それぞれのお家で独特な子どもたちが育ってくるでしょう。みんな違う。
そういう子がジュニアクラスに来てくれて、花はいけてもらうけど、実は一番何をしたいかというと、「好きなことやりなさい、やりたい事やっていいんだよ」って伝えてあげたいんです。とにかく今の子は何でも決められてますから。時間もすごく限られてます。だから、せめてこの時間だけは好きにやってほしい。暴れるとかではなくて、花はいけてるんだけど、でも好きにやらせてあげる。それをやっていったら自信がつくんです、絶対に。家ではいちいち言われちゃうようなことを言われない場所、自分を出せる場所を作ってあげたいんです。
──そういうことをやろうと思ったきっかけは何だったのですか。
私が子どもの時に叔母がジュニアクラスをやっていて、その時はすごく楽しかったんです。自信がなかった私でもフワッと楽しくやれたし、あとお菓子もありましたし。自分が始めたのは、父から「幼稚園の先生になったんだし、やればいいんじゃない」と言われたからですかね。小さなきっかけですけど。
いけばなへの思い
──最後に、茜さんにとって、いけばなとは何でしょうか。
「自分が解き放たれるもの」ですかね。ただいけてるというよりは、思いを伝えるもの。今はとくにそれが大きいです。これは20年経って言える事というか、1年目は特に必死さしかなかったですから。20年経ちましたからね、やっと。今だからこそ、私はこれを伝えたいんだということがはっきり言えます。
──今後の目標を教えてください。
若者に、草月なりいけばななりの楽しさを伝えていく事をこれからも模索していこうと思っています。それが使命だと思っています。私の息子が継いでくれるって宣言してくれたんですけど、受け継いでもらうまでに私がやる事はなんだろうって考えています。伝統の重さを残すだけではなくて、やはりいけばなの面白さが若者に広まっていったところでバトンタッチしたいです。以前は死ぬまで頑張るしかないと思っていたけど、今は受け継いでもらうまで頑張る、ですね。
展覧会レポート
──家元継承20周年記念「勅使河原茜展 ひらく」は、2021年11月12日から17日にわたって行われました。当展覧会は先代の宏から娘の茜さんが家元を受け継いで20年の記念すべきもので、全体的に草月流の歴史を感じるような作品が多くありました。特に印象深かった2つの作品を中心に、展覧会について少しご紹介したいと思います。
まず展示スペース中央にあった今回のメイン作品。初代家元蒼風のオブジェ作品を解体し形を組み替えたものをパーツとして使用しており、展示されている作品の中でも特に草月流94年の歴史を感じさせる象徴的なものです。主に流木、しゃれ木、鉄、生の植物で構成され、有機物と無機物の融合が印象的でした。流木は海や川から、しゃれ木は山から収拾したもので、水なしで使える、かつ繰り返し使えるため、材料としてかなり重宝されます。流木、しゃれ木のような枯木は、収拾と加工に多くの人が関わります。危険な場所から取ってくることもあり、集めるための専門家が必要です。集めた木は綺麗に洗浄し乾燥、虫の処理などを行い、やっと作品に使用できる状態になります。メイン作品に使われているのはどれもすでに他の作品として使われたものや縁あって草月にきたものであり、素材一つひとつにも草月の思い出が詰まっているそうです。
鉄に関しては、別の用途で使われていた鉄素材や、草月会館やアトリエ横の鉄工所にあった鉄を集めて加工したといいます。鉄においても何かしら草月に縁のあるものを使用していることがわかりました。また、このメイン作品はかなり大きな球体で、3m×3mの球体フレームに沿っていけられています。球体は床に触れる面積が小さく、なおかつこの作品を構成する材料一つひとつに重量があるため、バランスをうまく取れなければ簡単に崩れてしまいます。つまり相当な技術を要するのですが、そこは草月アトリエのサポートによって成り立っているといいます。アトリエスタッフは主に家元の制作助手として働いています。師範クラスの草月の社員であり、上層部がしっかりと育てるため資格は特に必要ないそうですが、家元の指示にもついていけるような特殊な訓練を必要とします。草月アトリエでは定期的に大作を制作するための技術などを学ぶ講習会を開き、他の師範にも広めていくことで、草月ならではの技が失われないよう努めているとおっしゃっていました。

メイン作品
また、作り付けの棚を利用して制作された作品は、小さな蕾としずく型の大きな実をつける桐、ひも状のやし、秋らしいむらさきもどきなどがいけられています。こちらは展示するこの場があってこその作品であるため、草月が大切にする「空間をいかす」、「場にいける」がよく表れていると言えます。他にも展示スペースの建物の外にある階段を利用していたり、鉄工所の中にいけた作品では鉄工所にあるヘルメットの赤に合わせて赤い花材を使ったりしていることからも、単に花だけを主役とするのではなく、あくまでも「場にいける」というスタンスを大切にしていることがわかりました。

作り付けの棚を用いた作品


階段・鉄工場にいけた作品
編集後記
幸田:幼い頃から日本舞踊を習っている私にとって、茜家元への取材で特に心に残ったことは、「空間をいかす」「場にいける」です。茜家元はいかなる表現者も、その空間をどうすれば最大限にいかすことができるかを意識しているとおっしゃっていて、とても共感しました。私も自分で演目の振付や演出を考えるときに、自分がどう踊れば、どんな小道具を置けば、その舞台を余すことなくいかすことができるか常に考えています。この取材を通して、改めて「空間」があってこその「表現」だと感じました。
伊藤:草月のいけばなについて、茜家元や草月会の方からお話を伺うに従って私の中のいけばな観がアップデートされる実感がありました。思っていたよりもずっと動的で、生活に寄り添うものがいけばなであると知り、それは茜家元のお人柄にもよく現れているように感じました。
渡邉:茜家元の作風は、雄大で温かみのある印象がありました。今回のインタビューを通して、アトリエスタッフや周囲の方とのコミュニケーションを大切にされている事や挑戦に対して意欲的な姿勢を強く感じ、周囲を前向きにする茜家元のパワーが作風にも現れているのだなと感じました。
中村:茜家元の作品、そしてインタビューを通し、草月のいけばなにはたくさんのドラマが詰まっているのだと感じました。「花はいけたら人になる」まさにその通りなのだと思います。伝統を守りながらも、草月が常に進化し続ける理由をインタビューを通して知ることができました。
加藤:歴代の家元が生み出したものを大切に受け継ぎながらも、現代の生活に寄り添った形で発展を続ける草月流は、伝統芸能の模範的な時代の重ね方をしているのではないだろうかと思います。また、草月流は攻めた作風のイメージが強かったのですが、お話を伺ってみて、いつかにテレビで聞いた「型破りというのはいきなり突飛なことをするのではなく、しっかりと型を知った上でそれを行うことだ」という言葉がぴったり当てはまる流派だと感じました。



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