若手俳優の登竜門としての2.5次元ミュージカル

更新日:7月14日
小林千乃

はじめに
今日上演される演劇の中でも、2.5次元ミュージカルは特殊な演劇形態であると言えます。日本で生まれたこの演劇は、舞台芸術の観客減少が論じられる中で、その流れに逆行するかのように多くの観客の動員を可能にしています。では、そもそも2.5次元ミュージカルとはどのような演劇形態を指すのでしょうか。2014年3月に設立された2.5次元ミュージカル協会の公式ウェブサイトによると、
日本の2次元の漫画・アニメ・ゲームを原作とする3次元の舞台コンテンツの総称。
早くからこのジャンルに注目し、育ててくれたファンの間で使われている言葉です。
音楽・歌を伴わない作品であっても、当協会では2.5次元ミュージカルとして扱っています。
と述べられています。日本の二次元作品を三次元化した舞台作品であり、その中間であることから2.5次元ミュージカルと呼ばれます。また、歌がなくてもミュージカルと呼ばれる点は、一般的なミュージカルと呼ばれる作品とは異なる2.5次元ミュージカルの特徴だと言えるでしょう(三瀬、2024)。
このような2.5次元ミュージカルは今日、主に「男性の若手俳優の登竜門」として位置づけられています。2.5次元ミュージカルの原点として語られることの多い『ミュージカル テニスの王子様』(以下『テニミュ』とする)には、今も活躍する斎藤工、城田優、志尊淳など、現在人気俳優と呼ばれる多くの俳優が出演していました。
そこで本記事では、2.5次元ミュージカルが若手俳優の登竜門となった理由を、商業的な面、また俳優の技術的な面から考察していきます。また、本記事における若手俳優の定義付けとして、10代後半から30代のテレビドラマや番組への露出が少なく日本国内における全国的な知名度が高くない俳優を指し、本稿ではそのような俳優を若手俳優と定義します。
(1)ビジネスとしての2.5次元ミュージカル
本章では商業的な視点から、なぜ2.5次元ミュージカルにおいて若手俳優が起用されやすいのかという疑問を集客・イメージ戦略・客層の三つの理由から考えていきます。
第一に、2.5次元ミュージカルの特徴として、原作の話題性と、2.5次元ミュージカルを主な上演作品として扱う制作会社による集客を見込むことができるという点が挙げられます。2.5次元ミュージカルとして舞台化される作品は、既に漫画やアニメ、ゲームとして一定の支持を得ており、ファンは関連するコンテンツを積極的に消費することが考えられます。その需要に応える形の一つが2.5次元ミュージカルだと言えるのです。原作ファンによる一定の集客と、ファンから信頼された制作会社による多くの人に届きやすい広報によって、出演俳優全員に集客力を求める必要がなく、ある程度知名度の低い俳優を起用しても商業的に成立しやすい構造になっています。
第二に、イメージ戦略としての考察です。若手俳優よりも経験を積んだ俳優のほうがいいのではないかと考える方も中にはいるでしょう。しかし、2.5次元ミュージカルの題材となる作品の主人公の多くは青年であり、観客はその初々しさをキャラクターに重ねて鑑賞することもあり、かえって効果的であると言えます。
『ミュージカルテニスの王子様』において越前リョーマを演じた小越勇輝は、青春時代の四年間をこの作品に捧げ、リョーマと小越がともに成長していく過程を見いだせることを岩下は述べています(岩下、2020、141-142)。この体験は、ベテラン俳優がその役を演じることではコンテンツとして提供できない経験です。この俳優が、この役を通して成長していく姿に観客は価値を見出し、その作品の公演に足を運ぶようになることが想像できます。それと同時に若手俳優は経験と知名度を得られることで、ビジネス、また俳優の両者における好循環が生まれるのです。
第三に、ほかの演劇と比べて観客一人あたりの支出額が大きい傾向にあることが考えられます。2.5次元ミュージカルの観客には、リピーターが多く、観劇に来る多くの原作ファンはキャラクターごとの解釈を深めることを好む傾向にあります。そのため、推しのキャラクターを少しでも長時間見ていたいという欲求から、何度も劇場に足を運ぶ観客も少なくありません。加えて、2.5次元ミュージカルでは、物販が盛り上がりをみせます。須川は、東京都の調査データや『テニミュ』プロデューサーであるマツダの発言を基に、2.5次元ミュージカルの主な客層である20代~30代の女性がグッズの購入に好意的であり、ランダムグッズ交換のためのトレーディングエリアが設けられることをも論じています(須川、2021、132-135)。役者のインタビューや公演・作品に関する詳細な情報を記載したパンフレット、比較的手に取りやすく持ち歩くことができるランダムグッズなど、観客のオタク心をくすぐるグッズのラインナップにより、チケット以外の収益の確保も可能にしているのです。
以上の三点から、2.5次元ミュージカルは商業演劇として成立しており、そしてその要因の一つとして、若手俳優の起用が関連していると考えられます。
(2)なぜ2.5次元ミュージカルで俳優は成長するのか
前章ではなぜ2.5次元ミュージカルが若手俳優の登竜門となっているのかについて商業的な面から考察してきました。それに対して、本章では若手俳優の技術面、また成長の観点から若手俳優が起用される理由を考察していきます。
2.5次元ミュージカルの大きな特徴の一つに、既に確立されたキャラクターイメージを舞台上で再現するだけでなく、そのイメージを舞台外でも維持する必要があることが挙げられます。須川は、キャラクターのイメージとキャラクターを演じた本人を完全に切り離すことは難しく、俳優は無名であったとしてもキャライメージで認知されると述べています(須川、2021)。2.5次元ミュージカルの出演俳優は、原作やアニメと比較され、「.5の○○」と呼ばれることもあります「.5」とは2.5次元ミュージカルファンの間で用いられる2.5次元ミュージカルの略称で、「2.5次元ミュージカル(でそのキャラクター役というイメージがついた)俳優」という意味になります。このような強い期待やプレッシャーが俳優の成長を促す要因の一つとなっていると考えられます。
次に、身体的負荷の大きさも俳優の成長に影響しています。2.5次元ミュージカルでは、確立されたキャラクターイメージを崩さないことが求められるため、高い身体能力と集中力が求められます。例えば、2023年5月に初演され、現在も続編が上演されている舞台『ブルーロック』という作品では、サッカーの試合描写において足踏みをしながら走る動作を続け、映像演出と芝居を同期させた状態で長台詞を言う演出が行われています。このような演出では、激しい身体運動を行いながらも台詞の聞き取りやすさやキャラクター性を維持する必要があり、通常の会話劇以上に高度な身体管理能力と演技力が求められます。また、舞台上ではモニター映像によってサッカーボールの動きが表現されるため、その映像と俳優の動きを正確にリンクさせる緻密な集中力も要求されます。このように、2.5次元ミュージカルはフィジカル面と演技力の双方を鍛える場となっており、俳優としての基礎能力を養うことができると考えられます。
更に、演劇そのものが持つ特性も俳優の成長を後押ししています。その特徴とは、①本番以外にも長期間にわたって役と向き合えること、②観客の反応をその場で体感できること、③新規ファンの獲得に繋がること、の3点です。それぞれの特徴は2.5次元ミュージカルだからこその理由のようには感じられないかもしれません。しかし、2.5次元ミュージカルで上演される原作は長編作品である場合が多く、エピソードの区切り毎に「○○編」という形で上演されます。2.5次元ミュージカルと呼ばれる作品の原則の一つとして、「長大な原作のエピソードを少しずつ順を追って上演しつつ完結に至る『連載上演』方式をとること(鈴木、2021、273)」が挙げられます。もし次のエピソードにもその俳優が演じるキャラクターが登場するのであれば、通常、その役は引き続きその俳優によって演じられるため、同じ役を長期間演じ続けることを可能にします。また、二幕構成の公演では本編の内容とは別で設けられるコンサート要素を持つショーパートであるライブパートが設けられることがあります。このパートにおいて、「客降り」という舞台上ではなく役者が客席に降りて、観客と至近距離でパフォーマンスをしたりファンサービスをしたりする演出が頻繁に用いられます。舞台上からは感じきれない生の観客のリアクションを、役を演じながら体感できるという点において、俳優の成長を促しています。
これらの要素から、2.5次元ミュージカルに出演する若手俳優は、この演劇形態がもつ特殊な上演方式や演出によって、成長を促されていると考えられるのです。
最後に
本稿では、「2.5次元ミュージカルはなぜ若手俳優の登竜門となっているのか」という問いについて考察してきました。商業的側面と俳優の技術的側面の両面から見ると、2.5次元ミュージカルは、挑戦できる環境と育成の環境が同時に整った、非常に稀有なジャンルであると言えるでしょう。
現代における演劇離れの解決策の一つとして、2.5次元ミュージカルは舞台エンターテインメントを継続的に観客に届けるための一つの可能性を示しています。課題や問題点が指摘されることもあるものの、若手俳優の育成という観点において、今後の演劇界を支える重要な柱となる可能性を秘めているのではないでしょうか。
参考文献、サイト
一般社団法人日本2.5次元ミュージカル協会│JAPAN 2.5DIMENTIONAL MUSICAL ASSOCIATION j.25musical.jp/ (2026年5月6日最終閲覧)
岩下朋世、2020、「キャラがリアルになる時」、青土社
須川亜紀子、2021、「2.5次元文化論」、青土社
鈴木 国男、2021、「イタリア・宝塚・2.5次元ー多彩な演劇を巡って」、春風社
三瀬 凪乃、2024年、「2.5次元ミュージカルとブロードウェイミュージカルの比較:歌の役割を中心に」、『立命館言語文化研究』 、第35 巻(3)、 p15-28



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