馬と共に舞う
- ゼミ 横山

- 2021年12月21日
- 読了時間: 22分
神村ひよりインタビュー
取材日:2021年9月5日(日)
山本麻未・門野はるか・藤田すみれ・浜本杏
馬場馬術とは、馬術競技のひとつです。馬を正確に運動させその美しさを競う競技で、馬のフィギュアスケートとも呼ばれます。プログラムが決まっている規定演技と、選手自身がプログラムを構成する自由演技があります。今回は、馬場馬術界で若くして活躍されている神村ひより選手に、オンライン・インタビューをおこないました。

(神村選手Instagramより)
神村ひより、2000年7月17日生まれの21歳。アイリッシュアラン乗馬学校所属。小学校1年生で乗馬を始め、2015年~2019年に全日本ジュニア5連勝を成し遂げる。2019年JOCネクストシンボルアスリートに認定された。
馬とのコミュニケーション
——はじめに、馬とのコミュニケーションについてお伺いします。競技を行う上で、馬との信頼関係は非常に重要だと思いますが、どのように馬とコミュニケーションをとっているのでしょうか。
人間にも個性があるように馬にも個性があるので、全ての馬とこうやったら意思疎通ができるっていう方法みたいなものは定まっていません。自分が毎日馬と生活していく中でその馬の性格を感じ取って強みや弱みを支えてあげる、そのコミュニケーションの積み重ねで少しずつ信頼関係ができていくものなんじゃないかなと思っています。
——コミュニケーションをとる中で苦労することは?
年に何回も試合に出場するのですが、普段練習の中でしっかりとコミュニケーションが取れている馬とでも、試合という特別な環境になると馬も人も緊張するので、リズムが合わないこともあります。そこからミスが生まれることもあるので、やっぱり普段通りにいかないということが生き物と接する中での難しさなのかなと思っています。
——小学校4年生まで、障害馬術なども経験されていたと伺いました。馬場馬術ならではの馬のコミュニケーションはありますか。
うーん、難しいですね。障害物を飛ぶのと、何分かの運動を見て点数が付けられるのは、全然違うように見えるんですけど、やっている身としては根本は同じです。両方馬とのコミュニケーションが取れてないとできない運動ですし、求めることが違っても、結局馬と繋がってる間のものは変わらないような気がしています。種目別でのコミュニケーションのとり方の差は、正直感じたことがないです。
——馬とのコミュニケーション方法はコーチから教わるのですか、それとも自然と身につけていくものなのでしょうか。
もちろん先生から教わることもたくさんあります。特に、トレーニングの中で馬と運動をしながら信頼関係を作っていくという面では、トレーナーや先生から教わる部分が多いです。ただ、自分で身につけたことも多いです。私は小学1年生から馬術をしているのですが、初めの頃はうまく乗れないし、またがって歩くのが精一杯でした。その頃でも、乗る前後でブラシをかけたり、馬を引いたりする時間は楽しかったんです。そういう時に、馬の個性が見えてきます。この馬はここをブラッシングしてあげたらすごい喜ぶなとか、この馬はこの道を歩くとびっくりするからちょっと臆病なんだなとか。乗っている時にも馬の個性に応じてコミュニケーションを取っています。
——競技に直結するようなトレーニング以外は、普段の何気ない出来事から少しずつ積み上げて信頼関係を築いていくということですね。
そうですね。コンビ歴が長くなると、馬も人のことを感じ取ろうという努力をしているように見えてくるんですよね。今自分が緊張していたから馬も緊張しちゃったなとか、逆に馬もリラックスしているから自分もリラックスして試合に臨まなきゃなとか。そういう所から少しずつコミュニケーションを取っています。
神村選手と馬
——馬と心が通いあったなと感じるエピソードはありますか?
広めの場所に馬を放してあげてストレスを発散させてあげることを放牧と言うんですけど、その時に、遠くにいる馬が呼んだら来てくれるんです。自分の中で特別に思っている馬が一頭いるんですけど、その馬は他の人が乗ってたり他の人が引いたりしてても呼んだらこっちにきてくれます。一緒にいる時間と比例してもうペット感覚というか。ワンちゃんを呼んだら来るのと同じ感覚で、こっちに来てくれるようになったのは、最近すごく嬉しかったことです。

(神村選手Instagramより)
——馬の魅力について聞かれた時に「優しい」ということをよくおっしゃっています。具体的に馬の優しさを感じたエピソードはありますか。
先生にレッスンやそれ以外のことですごく怒られた時の話なんですけど、私は実家から離れて静岡にいるので両親に話せず、去年からコンビを組んでいる馬の前で泣いていたんですね。そしたら、その馬が頭をすりすりしてきました。その時に、馬は人の感情をすごく感じる動物なんだなと思いました。あとは、馬が亡くなってしまった日があって。同じ厩舎の仲が良かった馬を朝見たら、目からすごい涙が出ていて。その時は人間に対してももちろんだけど、馬同士でも感情を出しやすい、汲み取りやすい動物なんだなと思いました。
——素敵なエピソードですね。少し脱線してしまうのですが、そんなに怒られることがあるのですか。
怒られますよ。たくさん。
——それは競技に関する技術的なことですか。
技術的なこともそうです。基本褒められることが少なく、試合で勝ってもあんまり褒められないんですよ。全日本優勝してやっと褒められるくらいなので、普段の試合で勝ってもダメ出しが多いです。
——そうなんですね。神村選手が泣いているのを馬が気付くのは、一緒にいて信頼関係を築いているからこそだと思いました。
私は人よりも馬のことをよく見ています。人の変化には全然気づけませんが、馬の変化にはよく気づきます。
馬との相性
——林選手の「東京五輪をめざすにあたり、相性の良いパートナーを探した」というインタビューを拝見しました。神村選手と相性の良い馬とはどんな馬なんでしょうか。
まだはっきりと「相性が良い」と思った馬に出会ったことがないです。林選手は技術をしっかり持っているからこそ自分と合った馬を見つけられるのだと思います。私はまだそこに至っていなくて、たくさんの馬に乗って、自分の中に引き出しを作っている最中です。同年代の選手は毎年同じ大会で同じ馬に乗ってる選手が多いですが、私は毎年パートナーが違うのが恒例になっています。間違いなく、毎年たくさんの学びをもらっています。先生方やオーナー様はもちろん、その馬たちがいなかったら今の自分はいません。
——神村選手のInstagramで「ザリーノは競技場に入るとスイッチが入ってキリッと表情が変わる」という投稿を拝読しました。それから林選手の前出のインタビューでは「スコラリは普段一緒に練習してくれないが、本番は頑張ってくれる」とありました。ザリーノは練習時と本番でどのように違いがありますか。
違う馬かってくらい全然様子が違います。練習の時は反応が鈍いタイプなんですけど、競技場のアリーナに入ると、暴れる寸前のようなホットな感じになっていきます。そんな中でも、自分がしっかり乗ればすごく集中してくれます。自分の乗り方次第で、練習以上のパフォーマンスができたり、逆にクオリティが落ちてしまったりします。そこがザリーノの難しいところだと思います。
——今まで乗ってきた馬は、練習も本番も同じクオリティを出せる馬が多かったんですか。
半々くらいでした。自分が馬を信頼して乗っていけば良い演技ができるタイプの馬と、ザリーノみたいにオンオフが激しかったり、まだ若くて馬自体の精神年齢が低かったり、人が助けてあげないと普段との環境の差とかにびっくりしちゃうタイプの馬と。安心できるベテランの馬と、若めの馬の両方に乗った年もありました。結構いろんなタイプ・サイズの馬に乗せてもらいましたね。
——年齢よりは性格の違いが大きいのでしょうか。
若めの馬は、ちょっと気性が荒い馬もいたりします。ベテランの馬でも性格としてホットになりやすい馬もいますし、緊張しちゃう、びっくりしちゃうものをすごい見る馬もいます。そこは性格なので、歳をいくらとっても変わらないですね。人間が上手く、自分に集中するように運動で持って行ってあげるということを努力しています。
馬と競技すること

(神村選手Instagramより)
——集中力や体力も馬によって様々だと思うのですが、どのように1日の練習メニューを設計しているのですか。
1日ではなく1週間単位で設計しています。丸一日おやすみがあるので、実際6日間運動する期間があります。そのうち2日はしっかりした試合に持っていくための運動を入れます。残りの4日は、ある程度のトレーニングは頭の中で組んでおいて馬の調子を見て乗りながら組み立てていきます。
——練習のやりすぎも良くないのですね。試合までの期間は毎日同じ馬と過ごすのですか?
今は自分の試合に出させてもらっている馬が一頭いて、その馬は毎日、休みの日とか引いたりする日も含めて全部自分が面倒を見ています。その他に何頭か担当でつかせてもらってる馬がいたり、自分より年下の子のレッスンをしたりしています。
——ルーティンについてお伺いします。馬も一緒にパフォーマンスを向上させるために、どのようなルーティンをされていますか。
演技時間があまり早くない時は、いつも通りの雰囲気で引き運動をします。あとはしっかり馬を休ませます。自分自身に関しては、あまりルーティンを作らないようにしています。昔は作ってましたが、ある時「もし全部クリアしないまま試合に行ったら、自分の精神状態がどうなるのか怖い」と気付きました。それからは何も作らないで、その場の流れに身を任せています。
——たしかに。試合前に色々取り込んでて、いつもやっていたことができないことってありますよね。
ルーティンって落ち着くためのものなのに、クリアしようとして焦るのが嫌で、やめちゃいました(笑)。
——試合会場と練習場所では環境が大きく違うと思うのですが、それに対する馬へのアプローチはあったりしますか。
周りの景色や、馬が見そうなものに関しては、「これは危ないものではないし、なにもしてこないんだよ」って見せていくしかないんですよね。本番のアリーナの横とかに何か物があって、見せないまま演技に入ったら、本番中にびっくりしちゃいます。だから逆に見せに行って、できるだけ近づけるようにしておく。馬に近づかせて、「大丈夫だよ」って首をポンポンってしてあげながら不安感を少しずつ取っていくことで、クリアしていくようにしてます。
見て盗むこと
——取り入れてみたら上達したり、強い変化を感じたりした指導があれば教えてください。
たくさんあります。中学3年生の頃にある技がどうしてもうまくいかずに相談をしたら、「技術っていうのは、言われて学ぶことももちろんあるけど、見て盗むことの方が多いんだよ」とアドバイスをもらいました。「上手い人の技術を盗むぐらいの気持ちでやってきた人が今成功してる人たちだよ。耳で聞いて理解しようとするのも正解だけど、それ以上に見て学んでそれを試す工程が一番の近道なんだよ」と。そこからYouTubeや馬術の演技を見るためのサイトを使って、プロの方の演技や海外のトップ選手などの演技をたくさん見るようになりました。
——特にどういう時に動画を見ることが多いですか。
特に何か失敗したり、できないことがあった日は、飽きるまでずっと見ていますね。何かを変えなきゃって思った時は動画を見る量がすごく多いです。一人の選手だけじゃなくてたくさんの選手を見るようにしています。見て真似ることで、自分の乗り方を少しずつ形作っていけたらと思います。
——乗り方についてお伺いします。コラボトークでドイツのイザベル選手はパワーがあるとおっしゃっていました。パワーのある乗り方について具体的に教えてください。
(オリンピック公式YouTubeより)
パワーがある乗り方は、座りがすごいです。人の座りによって馬の動きは全然変わってきますが、人からのパワーを馬に伝えるのが上手なのがイザベル選手だと思っています。腕力がどれだけ強くても馬というのは乗れなくて、下半身の馬への押しっていうのがすごく大事になってきます。イザベル選手はホットな馬の最大限の力を出しながら運動に入っていくので、パワーがある乗り方だなと思います。
——今目指している乗り方についても教えてください。
(オリンピック公式YouTubeより)
イギリスのシャーロット・フライ選手も参考にしています。シャーロット選手はパワーのある馬をさらっと乗りながら、しっかりコントロールしているんです。そして日本人寄りの体型をされているので、真似しやすいのかなと思います。いろいろな馬でたくさんの経験をしてるイザベル選手と、若くて自分に条件が近いシャーロット選手のどちらにも憧れます。そういう風に、部分部分で憧れる選手は何人かいますね。日本人は、馬にパワーを伝えきれない部分がどうしてもあるので、そういう部分をテクニックだったり体重の移動だったりとかでカバーしていくような乗り方ができたらいいなと思います。
世界で活躍すること

(神村選手Twitterより)
——今回の東京五輪で、林伸伍選手が出場されたり、日本の選手が89年ぶりに入賞されたり、大活躍だったと思うのですが、その東京五輪からどのような刺激を受けられましたか。
身近な方がオリンピックに出場した経験が初めてだったので、強い刺激を受けましたし、自分の中でまたひとつ目標ができました。林選手は見えないところですごい努力している方で一番の憧れだったので。オリンピックに向けて、仕事も続けながら日本とドイツを行き来して本格的に活動している姿を見て、私もいつかドイツと日本を行き来しながら、たくさんの方の期待を背負って、海外の試合や最終的にはオリンピックにも出場できるような選手になりたいと思いました。そのためには林選手がいない間のクラブでどう自分が力になっていけるか、林選手に近づくためにはどういう努力をしたらいいかをより一層考える機会にもなりました。
——私はアーチェリーをやっているのですが、今回のオリンピック代表は、会ったことのある選手がほとんどでした。知ってる場所で知ってる人が日本を背負って世界と戦っているということに感動して、私ももう少し上手くなりたいと思うようになったので、より近い人だとより多くの刺激をもらったことだと思います。
林選手になりたいって何回思ったか(笑)。
——先ほどからドイツという単語が何回か出ているので関連してお聞きします。神村選手は全日本ジュニアで過去5回優勝されていてドイツ合宿に参加されています。合宿では、日本と海外で教える側の指導の違いを感じたことはありますか。
私の先生方はドイツでトレーニングしていた経歴のある方々なので、日本とドイツのハイブリッドな感覚をお持ちです。ドイツ合宿では言語は違っても教わることは普段と同じという印象でした。いつもクラブの先生方に言われていることを、英語で言われたので、個人的にはあまり日本と海外でのギャップを感じたことはないです。私は小学5年生から今までずっと同じクラブなので、他の方の指導方法については分かりませんが、日本で経験を積まれた方の教え方とはおそらく少し違うと考えています。
——教わる側についてはなにか違いを感じますか。
教わる側に関しては、やっぱり言語が違うだけで受け取れる内容が狭まってしまいますね。例えば、日本語だったら100%のことを受け取れても英語だとそれが60~70%までしか受け取れない。その細かいディテールを汲み取るのがすごく大変でした。英語でのレッスンやドイツ人の方のレッスンを100%理解できたらそれ以上に得られるものがあったんじゃないかな、というのが今の感覚ですね。もう今後ドイツ合宿に参加するという機会がないと思うので、もっと汲み取りたいところが汲み取れなかったなっていうのがちょっと悔しいです。
——他の参加者と比べてどう感じましたか。
言語での受け取れる量の違い・差は感じました。やっぱり、他の参加者は自分とは別の学びがあるのかなとか、いつものレッスンとのギャップがあったりするのかなとか。私はあまりギャップを感じることはなくて、普段からクラブでは本場ドイツのレッスンに近いものを受けられているということを実感できたことが嬉しかったです。それだけいつも恵まれた環境でやらせてもらえているんだなと再確認できました。刺激になるというよりは、いつもいる環境に感謝する合宿でした。
後輩への指導方法
——次に、わざを伝えていく立場からのお話をお伺いします。馬医者Shunさんとのコラボトークで、感覚を言葉にして教えることの難しさに直面した経験があるとおっしゃっていました。その経験は後輩の指導にどう影響しましたか。
今でも苦労することは多々あって、そんな時は先生方のレッスンを参考にしています。初めて後輩のレッスンを任された時は、先生たちはどうやって感覚を言葉にして伝えているのかをまず研究して、表現を自分なりにもっと噛み砕いていきました。自分がその年の頃、理解できる言葉まで表現を易しくするなど工夫することで、だいぶ伝わっているような感じがしました。
——見て盗むのは演技だけではなくて、教える側のレッスンも見て盗むのですね。
自分が教わっていた人のレッスンは、自分の指導スタイルに似てくるみたいです。後輩からも「あの先生のレッスンに似てる!」って言われます。これがきっかけで、表現に困ったらその人のレッスンを見たらいいんだと思って見始めました。
——伝えにくかった表現というのは具体的にどのような表現だったのですか。
それを人にまた伝えるのも難しいんですよ。馬に乗っている時って数学みたいな方程式があるわけではなくて、自分の感覚と馬の状態や様子を見て合わせなければいけません。その場その場の瞬間、急に訪れる「今!」ってタイミングをどうやって言葉にして伝えるかですごい悩みました。
——言葉で伝わらないような感覚を比喩にして伝える指導法があると学びました。例えば、馬を自然に止めたい時に石のように身体をかたくすると馬が止まってくれるという方法だったのですが、そのような比喩を用いることはありますか。
あります。先生に教わってそのまま指導に使ったのだと、駈歩から常足に移行する時に「縛った新聞紙を両手で持って、音を立てないで下におろす」んです。強く引っ張るのではなく、ストンと落とすんです。
——実践してみてうまく移行するのでしょうか。
うまくいっていました。びっくりしました!
——ご自身の指導で後輩が急に成長したなと感じたはありますか。その時にどのような指導をしたのかもあわせてお願いします。
あります。普段先生たちから教わっていることは基本技術面で、技が中心です。そのため後輩たちのレッスンを見る時とかには、根本に戻ります。人の座り方だったり、重心のかけ方だったりをレッスンで教えています。その中で「鐙を取ったまま運動してごらん」と言ったことがあって。内ももでずっと挟みながら乗らないといけないので辛いのですが、それが本来の乗り方なんです。鐙を取って何分か運動させたことでその締める感覚が伝わって、座りが凄くしっかりしました。明らかに変化があったので、良い教え方だったのかなと思いました。
——鐙をとって運動してみるというのは、神村さんも同じ指導をコーチから受けたのですか。
はい、私もたくさんやりました。なんなら手綱も外してやるように言われちゃう。手も足も何も持つ場所がないまま乗って、速歩とか駆足とかしました。自分の本来のバランスをしっかり見つけなさいって言われて。この練習を通して前よりもシートがよくなったと言われることが多くなったので、「これは有効なんだな」って思って使うようにしました。
——自分の体験から有効だと感じた練習方法を指導に取り入れたのですね。
自身の技術力向上においての取り組み

(神村選手Twitterより)
——次に、神村選手ご自身についてお伺いします。今まで馬場馬術をやってきて、辞めたい、逃げ出したいと思ったことはありますか?
2回あります。ひとつは、小学校の頃。通っていたクラブの先生の指導がほんとに怖くて。そのクラブが奈良にあったので、ひとりで夜行バスで通ってたんですけど、長い時間かけて行ってまで怖いレッスンをされるのが嫌で、辞めたいって親に相談したことがあります。もうひとつは、高校との両立ですごく悩みました。どちらかというと、馬術を続けて学校を辞めたかったです。
——小学生の頃怖いと感じながらも通い続けたモチベーションはなんだったのですか?
あの頃に関しては、モチベーションはなくて。合計で8個ぐらいやってた習い事のどれを辞めても母はダメって言わなかったのに、馬術だけは辞めさせてくれなかったんです。絶対にやり続けた方がいいって言われてやり続けてきました。
——お母様は他の習い事とは違う何かを感じていたのでしょうか。
前に母に聞いた時は、直感で馬は辞めさせない方が良いって自分が思ったから、辛そうだったけど辞めさせなかったって言ってました。
——馬医者Shunさんとのコラボトークで、「中学生の時の試合で、失敗してもその後の演技に引きずらないことでいい点が取れたことから、思い切り演技することを学んだ」と語っていらっしゃいました。思い切り演技をするということを具体的に教えてください。
それまでは少しでもミスしたらどうしようという心配をしながらやっていました。しかしフィギュアスケートと同じで、一つの項目でミスをして点が下がっても、次の項目からはそのミスは全く関係なくなります。逆にミスを引きずる方が後の点数も伸びなくなる。ミスをしてもその後取り返せるから、怖がらずにいつもの自分を思い切って出せばいいんじゃないかという思考になりました。
——乗っている時は演技の点数を頭の中で計算しますか。
プログラムを自分で構成する自由演技では、ミスを取り戻せるチャンスがあるので計算しています。失敗した瞬間に、次はこう回って、帰ってきたらリカバーできるだろうって考えています。同じ項目を2回した場合、平均点がつきます。例えば、1回は失敗して10点中4点だとしても、成功した1回に8点がついたら、平均なので6点取れるんです。失敗しても、次を良いものにすることで点が変わるので、どこで取り戻せるかをすごい考えています。
——色々頭の中で考えていたら視線がぶれたり姿勢が崩れたりしないのでしょうか。乗っている時はどこを見ていますか。
前です。一番最初に「前を見ろ」と教わります。下や横を見ても何もないので、「行く方向を見ろ」と教わります。前を見ながら、頭の中は色々考えています。
——キョロキョロしたら採点に響きますか。
採点には響かないですが、戸惑っているように見えてしまいます。審判から見た、選手と馬のコンビの印象に関わってくると思います。
——フィールドの端を攻める時もずっと前を見ているのでしょうか。
そうですね。障害馬術と違って、馬場馬術のフィールドは20m×60mと決まっているので、慣れています。あまり地面や足元のことは気にせず、前を見て馬の様子やリズムを感じています。
——フィギュアスケートでは、ミスをした時にどのように取り返すかも練習していることが多いと聞きます。馬場馬術でも同じように何パターンもの構成を事前に準備するのでしょうか。
そうですね。大技がいくつかあるので、ミスをした時のパターンは考えています。その上で、演技中に音楽を聞きながら考えて、構成を変更できるような練習もしています。
最後に
——今後についてお聞きします。法華津寛選手が71歳で2012年ロンドンオリンピックに出場されています。このように馬術は選手生命の長いスポーツだと思うのですが、神村選手にとって最終的なゴールはなんですか。
馬に癒されながら共に生活したいです。おばあちゃんになっても、大好きな時に馬に乗ったり触れられたりする環境で過ごしたいです。
——日本の馬術界に対する思いはありますか。
私はまだまだ技術も足りないし、日本の馬術界を代表する選手にはなれていません。でも、日本の第一線に早く行きたいし、日本を背負って試合に出られるような選手に早くなりたいです。たくさん成長していけるような環境が今よりも整ったら、私の年代や下の世代の子達も馬術に興味を持ってくれるんじゃないかなと思います。
——私たちは同世代に芸能の魅力を伝えるウェブサイトを作っているのですが、この記事を読んだ方々にメッセージをお願いします。
馬術というスポーツは日本でもマイナーで、今回のオリンピックで知ってくださった方ももちろんいらっしゃると思いますし、まだ知らない方もたくさんいらっしゃると思います。この記事を見て、馬術の魅力・馬自身の魅力が同世代に伝わっていたら嬉しいです。日本でも馬術を体験できる場所はたくさんあるので、少しでも興味を持った方は馬に会いにいっていただけたら嬉しいです。
——本日はありがとうございました。
取材を終えて
門野はるか
私は同じオリンピック競技であるアーチェリーをしています。東京五輪から受け取った刺激や後輩指導の話などは共通しているなと思いましたが、馬という生き物との競技の難しさには驚くことが多かったです。神村選手の話全体から、馬への深い愛情を感じました。馬場馬術という競技自体を知らなかったので、今回の東京五輪を見て、馬と人が一心同体となって斜めに進んだり、スキップするように進んだりしている様子を見て、感動しました。特に、演技後に騎手の方が馬をいっぱい褒めていた姿が印象に残っています。いつか神村選手がオリンピックに出場されることを期待し、今後も応援させていただきたいと思います。
藤田すみれ
東京五輪でのトップ選手の演技を見て、まるで馬に魔法をかけているようだと思いました。特にインタビュー前は、話せない馬とコミュニケーションを取るには何か特別な技術が必要なのだろうと思っていました。しかし神村さんは特別なことをするわけではなく、人に接するように自然とコミュニケーションを取っている様子が印象的でした。特に泣いていた時に馬が慰めてくれたというお話から、神村さんの馬に対する愛情をひしひしと感じました。神村さんの活躍により、馬術と馬の魅力がより多くの人に伝わることを願っています。
山本麻未
神村選手の競技映像を初めて見た時に、馬が主体となって自由に駆け回っているように感じました。どうやって指示を出しているのだろうと不思議に思い、選手の手元に注目したことを覚えています。神村選手がコーチから教わり後輩へと受け継いだ、"握った新聞紙をスッと下ろす"動作のように、指示出しとは思えない動きが馬を動かしているとは驚きでした。また、神村選手は褒められることよりも怒られることの方が多いと知ってびっくりです。それだけ馬場馬術は正解のない競技だとも感じました。常に考え、先生方の教えを実践している向上心に感銘を受けました。神村選手のこれからのご活躍を期待しています。
浜本杏
馬場馬術の競技を見ると、まるで馬が自ら演技をしているような印象を受け、よほど人に従順な馬を操っているのかと思いました。そのため取材をする前は、日常的には馬に対してしつけや調教などの側面が強いのかと思っていましたが、神村選手の馬に対する深い愛情や、馬が応えてくれる様子をお聞きして、馬は競技におけるパートナー以上の存在であるのだと胸があたたかくなりました。コーチや後輩とのやりとりの中で手応えを掴んだり、悔しい時ほど動画を見て学ぶ姿勢など、自分と同じ世代の神村選手にお話を伺えたことで私もとても刺激を受けました。日々進化し続ける神村選手の演技を、これからも楽しみにしています。
※記事の内容は全てインタビューが行われた2021年9月5日時点での内容です。
取材後の11月、第38回全日本ジュニア馬場馬術大会2021 ヤングライダー選手権において神村さんが優勝されました!おめでとうございます!





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